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STAGE 5-23 地底解放作戦・8 猿飛酔狂

(あぁ、全く惜しいねぇ……)


 打撃と弾幕と忍術、そして槍を交えた猛攻の中で勇儀は思った。

 被弾は増え、体は重い。反撃は届かず、じりじりと押し込まれている。

 このまま戦い続ければ、多分自分は負けるのだろう。想像以上に真田幸村は強かった。彼に負けるのであれば悪くない。

 だがあえて、心残りを上げるならば――どうして盃を持ったまま、戦う選択をしてしまったのか。この一点のみが、星熊勇儀の心を曇らせていた。

 幸村を責める気はない。英霊と言えど元々は人間。怨霊化を解けなければ、ハンデ付きで丁度良い相手だ。本音を言えば、英霊となっても蹂躙できると舐めていた。

 甘かった。侮っていた。ここまで戦える相手なら、手加減無しでも楽しめた。彼なら鬼の四天王の全力をぶつけても、たやすく根を上げない漢であったのに。


(ま、今更だね)


 未練がましい泣き言を胸にしまい、眼前の闘争に集中する。鬼は約束を守る物だ。酒を零さず戦うのをやめる気はない。それは鬼の四天王の、星熊勇儀の矜持が許さない。制約を課したまま、今出来る全力をぶつけるのみ――


「力技『大江山颪』!」


 吹き付ける暴風に乗って、大玉の弾幕が幸村に降りかかる。小ぶりな飛び道具が弾き飛ばされ、『彼』の攻勢が弱まった。強い風のせいか接近も難しく、一時は勇儀の優位になる。当然、幸村は返しのスペルカードで応戦した。


「活劇『十勇士演武』!」


 彼の周囲に人影が浮かぶ。多種多様な恰好と得物を手に、十の人影が散開した。弾幕を間を潜り抜け、位置についた十人が連動して弾幕を放つ。四方から迫る攻撃を、片手で薙ぎ払う勇儀だが……直後、背中に痛みが走った。

 被弾した方向目がけ、今度は裏拳を突き出す。その隙をついて次の弾幕が勇儀を狙って対応に追われた。応戦しても他の影がカバーに入り、一歩ずつ着実に追い詰められていく……

 勇儀は笑った。本人のみならず、仲間たちの練度も凄まじい。恐らくこのスペルカードで決着がつくのだろう。敗北を予感しても恐怖より、この闘争が終わってしまう寂しさが勝った。

 だが突如、弾幕が止まった。取り囲む影が一つを除いて消滅した。訳が分からず眉根を寄せる勇儀は、真田幸村の顔が驚愕するのを見た。


「佐助、お主何を……?」


 彼の視線の先に、召喚した十勇士の忍びがいる。得意げにニヤリと唇を吊り上げる彼の手には、星熊勇儀の盃があった。

 鬼は大きく目を見開いた。いつ盗られたのかさっぱりわからない。『盃から酒を零さないように戦う』と制約をつけている彼女にしてみれば、ぐうの音も出ない程の敗北だ。潔くそれを認めようとした鬼へ、忍者は慌てて手で制す。


「あぁあぁ、お待ちくだされ勇ましい鬼の君よ。わたくし、確かにあなた様から盃をひったくりましたが、その際酒は一滴も零しておりませぬ。故に、まだ勝負はついておりませぬぞ?」


 何を言ってるのか、なかなか理解が追いつかなかった。奪う際に配慮した? 決着をつける気がない? 混乱に見舞われる中で、勇儀は呆然と呟いた。


「どうして?」

「どうしてですと? 愚問ですな。あなた様は我が主から怨念の枷を外して見せた。ならばこちらも、枷を外すのが礼儀でありましょう?」


 戦いの中で心情を見抜いたのだろう。幸村の忍びは盃を奪い取ることで、勇儀の手加減を外して見せたのだ。それも彼女なりのルールを見抜いた上で、注意深く悟られぬように。

 奇妙な気分だった。してやられた悔しさと、能力への驚嘆と、その粋な心使いへの感謝と……これから全力で闘争に赴ける歓びが、胸の内でごちゃ混ぜに湧いてくる。すべてを受け止めた鬼の表情は最後、酷く凶暴な歓喜を浮かべていた。

 盃の拘束から解き放たれた鬼は、殺意を滾らせる獣のようだ。今にも飛びかかってきそうな鬼神の姿に、『紅蓮の戦神』はやれやれと首を振る。


「全く、余計な事を」

「……あのまま勝利しては、我が主は満足できませぬ。臣下としてあなたの望みを叶えたまでの事。それとも怖気づきましたかな?」


 鬼の四天王、力の勇儀は瞳をギラギラと輝かせ、溢れ出る闘気が蜃気楼のように、周囲の空気を揺らめかせている。人間も妖怪も震え上がらせる殺意に、幸村はむしろ嬉々として槍を握りなおす。


「いいや……あれでこそ、倒す甲斐があるというものだ」

「ふふ、やはりわたくしの目に狂いはありませんでしたな。ならば、邪魔者はそろそろ退散致すとしましょう。彼女を待たせたくありませんからな」

「今のアタシを女と呼ぶか。いい度胸だね」


 今の勇儀を見たら、般若も泣いて逃げ出すだろう。女性がしてはいけない形相を向けられても、猿飛佐助は飄々と肩を竦めてみせた。


「度胸試しは既に済んでおりまする。あなた様から盃を奪い取る際、とっくに腹を決めております故。もしうっかり零そうものなら、お二方から袋叩きですからな」

「「確かに」」

「おやおや、見事な異口同音ですな。それではお二方……存分に、心ゆくまで闘って下さいませ。何も思い残すことのないよう! それでは御免!!」


 小さな煙玉を叩きつけ、ドロンと一瞬で消えて見せる忍。その場に一つ酒の入った盃を残し、彼は戦いの舞台から降りた。

 残されたのは、怨念を振り払った日の本一のつわもの

 彼の従者の意趣返しで、盃のハンデから解き放たれた怪力乱神。

 勇儀は漲る力をもはや抑えず、腕に、足に、肩に、腹筋に、血と力を送りこんで、何倍にも硬化した肉体で、低く唸った。

 逆に幸村はより淡々と、しかし冷たく鋭く感覚を研ぎ澄まし、静かに、しなやかに、堂々と構える。

 固唾を呑んで、周囲の怨霊が見届ける中――二人は同時に飛び出し、お互いの全身全霊を賭して激突する。それは最も短い攻防だったが……二人の決闘において、最も過酷で壮絶な戦いとなった。

スペルカード解説


活劇「十勇士演武」


 真田十勇士を招集し、連携攻撃を仕掛けるスペルカード。召喚されるのは本人ではなく、再現されたイミテーションだが……人格含め忠実に再現しているからか、幸村本人の完全な制御下にはない。

 今回活躍した真田十勇士の一人、猿飛佐助。彼と幸村が出会った地、角間渓谷には鬼の伝説が残っている。鬼に対し意趣返しを仕掛けたのは、彼が鬼の性質を良く知っていたから……かもしれない。

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