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STAGE 5-22 地底解放作戦・7 兵ノ真髄

 忍びの道具の一つ、煙玉を用いたのだろう。一瞬のうちに広がった煙は、怨霊たちの視界から二人を覆い隠した。互いの影なら二人とも見えているが、勇儀は激しく動揺していた。


(コイツ!?)


 次いで沸き起こるのは、怒り。鬼は卑怯な手筋を嫌う。特に力自慢であるほど、その傾向は強くなる。力の勇儀も例外ではない。せっかくの闘争を濁された……その怒りを足に込めて叫ぶ。


「失望……させるなァッ!!」


 震脚一発。強烈な衝撃波が広がり煙幕を吹き飛ばす。ついでに地霊殿の窓ガラスも、次々とひび割れて砕け散った。

 鈴を鳴らすような騒音の中で――甲冑武者が音もなく勇儀の懐へ飛び込んでくる。震脚の隙を突き、喉元に振り下ろされるのは槍ではない。

 握られているのは『忍刀』。室内戦や至近戦闘に向いた小ぶりの刀だ。彼らしい最小の動作で殺意が迫る。

 ぐんと腕に血流を集め、鋼と化した上腕筋が刃を通さない。そのまま数手の攻防を重ねたのち、彼の足が勇儀の腕を踏み台にした。

 そのまま空中に飛び出し回転しつつ、大量の飛び道具を投擲する幸村。クナイ、十字手裏剣、癇癪玉など、多種多様な弾幕の雨が勇儀を襲う。


(なんだい……この異常な手数は!?)


 同種の武器ならともかく、複数種類の投擲武器を乱打するなど尋常ではない。おまけに急所を精確に狙いをつけてくる。これでは迂闊に動けなかった。

 釘付けにされた鬼の片手に、先程も見せた分銅が蛇の様に絡み付く。ぐい、と引かれた感触は、鬼と力比べを挑むものではなかった。

 空中でほんの一瞬、鎖で引いて姿勢制御した幸村は――足を突き出し落下しながら、勇儀を正面から蹴り飛ばそうと突っ込んでくる。


「舐めるなぁ!」


 咆哮を上げ、顎を後ろに引き、幸村の蹴りを頭突きで迎撃する。頭蓋骨越しに、何かが粉々に砕ける快音を彼女は聞いた。

 骨の砕ける音ではない。幾度となく戦いに明け暮れた勇儀にはわかる。骨ならもっと重く、鈍く響く感触がするはず。視線を戻す鬼の目に映ったのは、ばらばらに飛散する大きな丸太。そこに幸村の姿は影も形もない。


(変わり身の術!? 嘘だろう!?)


 動揺は一瞬。闘争本能から来る直感が背筋を凍らせ、後背に飛ぶ幸村の気配を捉える。振り向きざまに構えた勇儀は、幸村が何かを投げるのを見た。

 見た。そう確かに何かを投げる動作だった。なのに……投げられたものが『見えない』

 何かは分からないが、攻撃には違いないと判断し、鬼は急所を防護する。守りを固めた箇所に、いくつか鈍い打撃音が骨ごしに伝わった。

 地面に落下するのは『棒手裏剣』。適切に扱えば、極度に視認しずらくなる投擲武器だ。鬼の四天王にさえ認知させない技量は、熟練の忍の業と変わらない。心臓が早鐘を打ち、立ち位置を変えようとした彼女は……再び戦慄を味わった。

 ――左足が、動かない。

 一切の攻撃を受け入ていない筈なのに、ピクリとも動かせない。棒手裏剣と同時に投擲された針が、勇儀の左足付近の影を突き刺している。忍びの高等忍術……影縫いの術だ。

 棒手裏剣と同時に使うことで、勇儀の対応を遅らせたのだ。動けない勇儀に幸村が肉薄し……忍刀と体術を乱打してくる。

 片手を盃で、片足を影縫いで潰されれば、鬼の四天王と言えど防戦に回るしかない。体力、持久力勝負に持ち込めれば勝算もあるが、それを許すほど真田幸村は甘くはなかった。

 男が深く息を吸い込み、体を大きく引く。一瞬、仕込み針かと疑ったが、予備動作が大きすぎる。危険を察知した勇儀は、煙を吹き飛ばした怪力で大地を踏み鳴らした。

 砕け散る地面。突き刺さった針も宙に舞い、影縫いの術から解放される。すぐさま後方に飛び退いた勇儀は、眼前に紅蓮が広がるのを目の当たりにした。

 口から業火を噴き出し、相手を焼き焦がす術……火遁の術だ。もし引かなければ今頃鬼は丸焼きだったろう。吹き付ける火の粉が髪の毛を焦がし、鼻に不快な臭気が伝わった。

 だが、勇儀はそんなことを気に留めていなかった。開いた間合いの先にいる彼を真っすぐに直視していた。卑怯者と罵る気概は既に失せ、むしろ敬意さえ覚えていた。

 一連の動作、技巧も忍術も、一朝一夕や見様見真似で身につく域ではない。厳しい修練を積んだ忍が行使しえる業のはず。それを何故、戦国武将が扱えるのか。


「……どこで覚えた?」


 冷や汗を滲ませ勇儀は問う。答える義理はないのだが、彼はあっさりと白状した。


「拙者が最後の戦に臨むまで……十年以上退屈な時期がありましてな。その際、配下の忍に教えを乞うたのだ」

「素直に教えたのかい?」

「いや、最初は渋っておりましたぞ? ですがまぁ、余りに時間があり過ぎた。忍も暇を持て余していたのでしょうな。始めの内は戯れであったが……ところが拙者、そちらの筋も良かったらしい。最後は佐助から習うとは思わなんだ」


 さもありなん。十年の歳月があれば身につく物もあるだろうが、才能なしにここまで伸びはしないだろう。一連の見事な業を放った彼だが、首をひねって勇儀を見つめる。


「しかしやはり、訓練と実戦は違う。影縫いにそのような破り方があるとは」

「今が初めて? あぁ……そうか。そういうことか。アンタ、それだけの業を抱え落ちしちまったんだね。なるほど無念だろうさ」


 浮かべた男の苦笑に、鬼は同情を重ね、つられて笑った。

 より強く、より高みを目指して『彼』は厳しい修行を重ねたのだろう。遂に身に着けた忍びの業だが、恐らく一度も機会に恵まれなかったのだ。別に、見せつけるつもりはないのだろうが……達人の域に踏み込みながら、鍛えた技を一度も行使出来ねば未練にもなろう。

 それが『彼』の忘れ去られた一面で

 それが『彼』の幽霊としての心残りだった。

 理解を深めた勇儀だが、これで切り上げるつもりはない。緩んだ戦意を引き締めるように、挑戦的な笑みで問う。

 

「満足したかい?」

「まさか。まだ、貴殿の首を頂戴しておりませぬ故……」

「言ってくれる!」


 挑発には挑発を。なのに両者の間には通じ合う何かがある。悪意のない煽りが闘争心を高め合い、幸村の全力を勇儀は受け止め続けた。

スペルカード解説


秘伝「猿飛の教え」


関ケ原の戦いから、大坂冬の陣までの期間、真田幸村と真田昌幸は幽閉に近い扱いを受けている。十年以上の時間の中で、それでも修練を怠らなかった幸村は……その際忍びの業さえも学び、身に着けた。

 ついには忍術さえ会得したが、それを行使する機会に恵まれず、忘れ去られることになる。彼の真の未練は……己のすべてをぶつけられる、強者との闘争であった。

 しかしあるいは、徳川家康は見抜いていたのかもしれない。真田幸村の業に。侍として呼ぶには、余りに異質過ぎる技能に。けれど侍の型から逸脱している故に、真田幸村は最上の戦士でもあったのだ。

 故に家康は『日の本一の兵』と、彼を恐れ称したのかもしれない。


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