STAGE 5-18 地底解放作戦・3 両雄対陣
戦局は刻一刻と、悪化の一途を辿っていた。
妖怪軍の勢いは止まらず、遂に至近距離に拠点まで作られてしまった。本陣の隊も何人か出撃したが、誰一人帰ってくることがない。それでも逃亡者がいないのは、既に覚悟を決めている面子だからだろう。じっと本陣で構える真田幸村の下へ、武装した怨霊の一人が膝をついた。
「……戦神様。一応お尋ねします」
「何ぞ?」
「逃げるなら、今が最後の機会かと」
「……それはお主にも言えよう?」
『彼』は呆れと自嘲の混じった息を吐く。無粋な問いだと怨霊は己を恥じた。余計な口を慎み、怨霊は頭を上げ一言だけ述べる。
「……最後まで、お供させて頂きます」
「……うむ」
敗北の足音が迫ってくる。
敵軍の喧騒が増し、確実に勢いを増して、仲間たちが蹂躙されていく。
もはや出来ることはただ一つ。武士の意地を、自分がここにいた証を――戦働きで示すのみ。
ああ、そうだ。あの日大阪城の中で抱いた心象もこうだった。
落城する城を背に、己を限界まで燃焼させて、せめて世界に一筋傷を残す。この昂りを全力で受け止める誰かがいれば、思い残すことは何もなかった。
――本来の思考を続ける彼に、村正が囁くように呪いを紡ぐ。思いが掻き消える寸前、陣地の目の前で強烈な突風が吹き荒れた。
前方で連続する爆音。砂煙と粉塵と共に、怨霊たちが次々と吹き飛ばされた。巨大な嵐に巻き込まれたかのように、仲間たちが散っていく。圧倒的な力になぎ倒され、鎧姿の怨霊たちは身を竦ませた。
「く、来るなら来い!」
あからさまな虚勢を張り、怨霊軍が引けた腰で槍を並べる。土煙の先から、敵の影と、その存在感、鋭い気配がぴりぴりと肌を焼いた。
現れた人影は、たったの一人。
額に一つ角を生やし、赤の袴に白の上着、そして片手に朱塗りの盃……地底暮らしなら誰でも知っている。
怪力乱神、鬼の四天王、星熊勇儀……
何たることだ。その事実の前に戦意がくじけそうになる。ついそこで起こった暴威は、たった一人の鬼によるもの。しかも片手を封じた、ちっとも本気を出していない状態で起きた事だった。
敵陣ド真ん中でも全くビビらず、居座る彼女は悠々と盃をあおる。周囲の怨霊に目もくれず、実に美味そうに喉を鳴らした。
すべては飲まず、勇儀は少しだけ酒を残す。袖で口を拭い正面に歩を進めた。
澄んだ視線、爛々とした闘志を宿した双眼で、見据える先へ堂々と叫ぶ。
「敵大将、真田幸村だね?」
「……然り。して、貴殿の名は?」
淡々と尋ねる幸村に、勇儀の少しぽかんとして……何故か、大笑いを始めた。怨霊たちは不気味に思い、幸村は眉をひそめる。
「……何が可笑しい」
「いやぁ悪い悪い。何度か拳を交えた仲だし、地底じゃアタシの名は知れてるもんでね。てっきり知ってると思ってたんだよ……そっか、まだ名乗ってなかったか。んじゃあ改めて」
ひゅっ! と鋭く息を吐き、一つ足踏みして名乗りを上げる。
「アタシは勇儀! 星熊勇儀!! 鬼の四天王、力の勇儀!」
酒気を帯びている筈の叫びは、幸村には澄んでいるように思える。鬼と言えば恐ろしく禍々しいのが相場だが、この時の彼には、不思議と恐怖を感じていなかった。
「この戦いの決着をつけに来た! アンタとの一騎討ちを所望する!!」
「……承知した」
「戦神様!?」
周囲の怨霊たちがどよめく。動揺と困惑の視線を引き受け、愛用の十文字槍を握り前へ進む。
「皆は下がれ。助太刀も不要」
「しかし……!」
「……その意気や、良し。なれどこれ以上は無粋ぞ? 横槍を入れてくれるな」
厳然と告げた幸村は、恐ろしい悪鬼の前に躍り出る。退治される側の怨霊たちだが、皆の前に立つ大将の姿は勇者のように映った。
威風堂々と両雄が向かい合い、勇儀は指を鳴らし、幸村は腰だめに槍を構える。『紅蓮の戦神』は淡々と、『鬼の四天王』は嬉々として叫んだ。
「いざ尋常に――」
「――勝負っ!」




