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STAGE 5-13 その将の名は

7月17日 19:00



 地底の入口、ヤマメの住処周辺――

 以前集まったような恰好で妖怪が集まる。この前と大きく異なるのは、皆の視線の中心にさとりが立っている事だろう。


「さて、全員集まりましたね?」


 くるりと周囲を見渡して確認する。ヤマメにキスメ、橋姫にさとりのペットだち……勇儀も真次も当然いる。今この状況で、敵のボスに興味のない輩はいないだろう。さとりそっくりな容姿の少女も、ふわふわ周囲を漂っていた。


「どこから話しましょうか……迷いますね」

「うにゅ? 正体だけでいいんじゃないの?」

「……色々と話したいことがあるんですよ。ですが『彼』についてからにします。でないとややこしいので」

「もったいぶらないで欲しいねぇ」

「あぁ妬ましい。その推理力が妬ましいわ」


 様々な反応を見せる妖怪たち、まとまりのない彼等の言動は、次の言葉で驚愕一色に染まった。


「『彼』の正体は『真田信繁』……『真田幸村』と言った方が分かりやすいですか?」

「っ!?」


 思わぬ名称に絶句する。基本、怨霊化するイメージを持たない武将であった。

『真田信繁』は大坂冬の陣、夏の陣で名を上げた武将である。

 冬の陣では豊臣側の武将として参戦。城の守りの薄い地点を指摘し、そこに出城『真田丸』を築き、徳川軍を大いに苦しめた。

 夏の陣では……同陣営の毛利勢などの援護を受け、徳川本陣へ突撃を敢行。六文銭の旗を掲げ、赤く塗装した鎧『真田の赤備え』を装具した一軍は、徳川家康の喉元まで迫った。

 しかし既に『彼』は年を取っていた。体力が持たず勢いは落ち、家康を討ち損ね、包囲される前に撤退。最後は休息中の寺で、「この首を手土産にせよ」と相対した侍に告げたという。

 後に民草の中で人気を博し『真田幸村』として語り継がれる事になる。勇将にして知将。人望も厚い『紅蓮の戦神』だ。


「幸村って……現代はあの人を忘れちまったのかい!?」

「いや、名前出てくりゃ俺でも分かるぐらい有名だ。つーか未だに大人気だし、幻想入りなんて考えられ……」


 言葉の勢いは、尻すぼみになって消えた。今回の幻想郷で起きている異変は『幻想入りが考えにくい人物が、怨霊になって暴れまわる異変』である。確かに真田幸村も当てはまっていた。

 しかし彼には有名な特色が一つある。ペットの一人が呟いた。


「待ってさとり様。あの人って赤い鎧で有名じゃにゃいですか? 配下の怨霊も黒い鎧だった気がするにゃー」


 真田と言えば、六文銭の旗と紅蓮の鎧が有名だ。明らかに色が異なるが……さとりが彼に確認する。


「真次さん。今回の異変では……怨霊は黒いオーラを纏っていて、元の色の判別は難しい状態でしたよね?」

「あぁ確かに……でも六文銭の方は分かりそうなものだが」

「そちらも本来の色は金色でしょう? なまじ分かりやすい目印な分、色を潰されると先入観で見えなくなる」

「意識の死角か……ちきしょう盲点だった」


 心底悔し気に地団駄を踏む彼。一方妖怪たちは、怨霊化の動機を気にしていた。


「なんで怨霊に? 徳川家への怨み?」

「……わかりやすいのはそれだよね」

「間違ってはいませんね。ですが、そこの二人は『彼』の妙な行動を目にしているでしょう?」


 視線の先には、勇儀と真次の顔がある。二人はむすっとした表情で答えた。


「……勇儀のあねさんに切りかかろうとして、躊躇していたな」

「いいや違うね。あれは……抵抗してたんだ。それぐらいは分かれ」

「無茶言わんでくれ……」


 その時のやり取り以降、二人の仲はよろしくない。あえてさとりは黙殺して語りを続けた。


「恐らく、徳川家への怨みもあるのでしょう。ですが一番の未練は、全力の闘争をし損ねたことと推察します」

「そうなのか? 十分戦ったって印象だが……」

「大阪冬の陣、夏の陣のことですね。確かに見事な戦ぶり記録されていますが、この時四十代後半だったのですよ。一説ですが……老いていなければ、徳川を討てたとも言われています」

「……なるほど、そりゃ無念だろうねぇ」


 宿敵を倒し損ねた恨みと、最盛期に戦場に出れなかった無念。

 怨霊としての要素と、亡霊としての属性を併せ持つ英霊。

 両方とも彼の本心だ。けれど二つを天秤にかけた時、本来なら彼は後者を選択する。暗い情念で槍を奮うより、血沸き肉躍る闘争を優先するはずだった。

 ――いや、そもそもだ。


「なんで戦いを起こしたんだい? わたしさっぱりわからないよ。派手に戦いたいだけなら……地底を占拠せずに、手ごろな妖怪に殴り掛かればいいじゃないか」


 そう、闘争を求めるだけならば、地底の妖怪と直接喧嘩をすればいい。ゴロツキだらけも地底なら、彼の願望はいくらでも満たせるではないか?

 土蜘蛛の言葉に首肯し、さとりは慎重に言葉を紡ぐ。


「『彼』は……今の真田幸村は、思考を誘導されています」

「??? よくわからないわね。妬まし……くないわ。別に」

「はっきり言えずすいません。間違った表現をしたくないんです」


 心が読める少女故の感想だった。それだけ『彼』の心象は、複雑な機微を有しているのだから。

 時折視線を泳がせ、時には目を閉じて、さとりは頭の中で筋道を組み立てる。少々の間沈黙が続き、一息整えてから真実を語った。


「徳川への無念も本当。強者との闘争を求めるのも本心。ほとんど平行線の天秤ですが、僅かに後者の方が『彼』には重い。でも誰かが、前者の方に重りを乗せたとしたら?」

「……天秤は、怨みの方へ傾く?」

「ええ。なので本心とも、洗脳されているとも呼べない状態です」


 星熊勇儀が目を輝かせ、反面真次は頭を抱え呻いた。


「全く、大した漢だね。それでも抵抗して見せるなんて」

「……さっき対面した時、幽霊側に傾いていたのか。俺、もしかして余計なことしちまった?」

「さぁ? どうでしょうねぇ……」


 ニタニタと意味深にさとりが笑う。彼女なりの冗談なのだろうが、あまり気持ちのいいものではない。最もさとりは、そんな心情に愉悦を覚える輩なのだが。


「さとりの私が心を読まれるなんて……!」

「そういうのいいから。続きを頼む」


 冷めた目線に晒され、一つ咳ばらい。真面目な顔つきに戻して話を続ける。


「……先ほども少し言いましたが、今の真田幸村には重りが乗っています。それを取り除かない限り、一時的にしか幽霊に戻せないでしょう」

「その重りってのは、脇に差してた刀だね?」

「正解です。恐らく『村正』でしょう。『彼』が所有している説もありますし――」

「――刀鍛冶本人も、今回の異変で怨霊化してたからな」


 妖夢の話を聞く限りでは村正も、徳川家への憎しみ叫んでいたらしい。憎悪をかき立てる触媒、あるいは重りとして使うには十分だろう。

 ……ふと、真次は妙に思った。

 今まで遭遇し暴れていた怨霊たちは、自分の意志で行動していたようにも思える。統率者は存在しているが……唆されていただけと思えない。少なからず本心で怨みを叫んでなかったか?


「良い着眼点です」


 背筋をぞくりとさせる響きは、古明地さとりの囁きだ。言葉の迫力を上げて、探偵が推理を披露するように、白衣を指差し宣言する。


「今までの前提に加え、皆さんの心象を読んで手にした怨霊たちの印象、そして西本真次が体験してきた異変の形相……全てを統合すると、一つ断言できることがあります」


 しんと静まり返る洞穴に、少女は明瞭な声を反響させた。


「今回異変を起こしている怨霊集団と、『彼』こと真田幸村は……主従関係や、協力関係にありません」



7月17日 19:18

 やーっと、最後の一人を出せました! 五人目の正体は『真田幸村』でございます! 色を潰していた分、難易度が高かったかもしれません。好きな人は分かったかもネ!

 実は昔活動報告で『時間制限が出来てしまった』との旨を書いたのですが、原因は彼です。この時期に大河ドラマの主人公として発表されたのですよ……無茶苦茶遅刻してしまいました(白目)

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