STAGE 5-11 敗走の果てで
疲弊した肉体と、敗戦の苦渋が足を鈍らせる。あと一歩、あと一手あれば間違いなく勝利できた。厳しい鍛練を積みなおすには、自分は年を取り過ぎた。せっかく身に着けたとっておきの武芸も、ぶつける相手のいないまま『彼』はその生涯を終える。
それこそが『彼』の本当の未練。優れた人格、優れた軍略こそ高名だが、その実優れた戦士としての技能は、十全に発揮しきれず『彼』は死んだ。
勝つか負けるかではない。己が灰になるほどの、全力の闘争を求めている。しかし同時に人格者の彼は、仲間の怨霊に危害を加えられぬよう、途中でわざと落伍した。
後は、敵対者が近寄るまで待てばよい。最悪誰も来ないなら……この場で腹を切る覚悟を決めていた。程なくして角を生やした妖怪が、『彼』の眼前にゆっくりと歩み寄ってくる。
「来たか……この首、手土産にせい」
無念と未練タラタラに『彼』は無抵抗で首を差し出す。それこそが武士としてのけじめであり、『彼』に従った者たちへ過剰な罰を避けるための、責任の負い方だった。
しかし――……眼前の鬼はみるみる憤怒した。まさしく鬼の形相で『彼』の胸倉を掴みあげて叫んだ。
「馬鹿野郎! そうじゃねぇだろ!!」
『彼』は何も言わない。視線を逸らす『彼』へ、もう一度鬼は叩きつけるように咆える。
「アンタは……アンタだって、そんな半端な終わりなんざ望んでないんだろ!? 今のアンタの目はアタシらと同じだ!」
至近距離で見つめる鬼の眼差しの中に、やりきれない現実への哀しみが宿っている。『彼』は奇妙な感覚を味わっていた。確証もないのに、既視感を覚える視線が訴え続ける。
「もうゴメンだろ!? 燃え尽き損ねるのは! アタシだってこんな決着なんざ望んでない!」
「……戦場の宿命ぞ。致し方、無し」
「それでも諦め切れねぇから、未練残して彷徨ってるんだろ!?」
『彼』は歯を食いしばる。それは怨霊となっても捨てきれない、確かな未練で真実だ。だけれども、未だにそれを晴らす方法はない。この場で討ち死にするのが己の定めと目を閉じる。
鬼は、腕に力を込めて叫んだ。
「なんで戦わない!? なんで足掻かない!? それともアタシの見当違いかい!?」
「……! ぐっ……ぁっ……!」
ぐらりと揺れる視界。腰に差した村正が恨みを叫び、この鬼を即座に切り捨てろと命じてくる。この間合い、この状況なら確実に首を刎ねることも可能だろう。するりと片手が刀に伸び、そして――
『彼』は、鬼を突き飛ばした。
抜刀寸前で鞘に留まる刀。鬼は目を見開いたまま動けない。
……彼女の言う通りだ。こんな半端な決着など望まない。
全力を出し切らずに死ぬのも――不意打ちでケリをつけるのも御免だ。それは『彼』の望みではない。これは誰の願望だ……?
今にも飛び出しそうになる肉体を、全霊の精神力を持って押しとどめる。並の人物なら即座に飲まれる『妖刀村正』の呪いに、『彼』は抵抗して見せた。
「! アンタ……!?」
「はな……れ……ろっ!」
辛うじて発した声は、伝わったかどうかもあやふやだ。脂汗を流す『彼』を、鬼はただ見ている事しかできない。しばし緊迫した沈黙は続くも、横からの弾幕が二人の間を引き裂く。高く爆ぜる火薬の音……西本真次の弾幕だ。
攻撃にさらされた『彼』思考は、即座に戦闘用へと切り替わる。十文字槍と刀を奮い、地底の方へと下がっていく……
「何やってんだい! 撃つのをやめな!」
「はぁ!? 目の前に敵がいるのにか!?」
口論をよそに遠ざかる『彼』。目眩と頭痛はひどく、未だにここがどこなのかはっきりしない。
――それでもあの鬼の言葉は、残像の様に脳に焼き付いていた。




