STAGE 5-10 本陣強襲
『彼』は地底へ迷い込んでから同族を掌握するまで、さほど時間はかからなかった。
地底の怨霊たちは、あまり他人とコミュニケーションを取れない。妖怪は基本怨霊を恐れるので、話し相手は貴重だった。それもあってお燐を敵視できなかったのだ。
ならば何故怨霊はお燐より『彼』を選んだのか? 大きな要因はコミュニケーションの質にある。
誰かとの対話に飢えている怨霊だが……あくまでお燐は世間話の相手だった。勿論それはありがたいのだが、彼らの本音を引き出せていた訳ではない。
怨みつらみと憎しみが怨霊の本質だ。それを他人に話した所で、真摯に受け止める人間の方が少ない。同族同士でもいがみ合う彼らは、誰とも胸の内を明かすことが出来なかった。
心は孤独な怨霊たちへ『彼』は一人ずつ言葉を交わす。『彼』は怨霊とは思えぬ温和な表情で語りかけ、気が付けば怨霊は各々抱えた無念を話してしまう。『彼』はそれを拒まず、時には語り手に合わせて共に怒り、共に泣いた。そうして会話を重ねるうちに、地底の怨霊は自然と彼を慕うようになっていた。
しかしある日彼らは気づく。『彼』はいつも聞き手であり、誰も『彼』の怨みを知らないことに。一同は集まり『彼』が怨霊と化した理由を問うた。
『彼』は自らの名を名乗り、如何にして生き、如何にして死んだかを怨霊たちに語って聞かせる。ほぼほぼ真実を打ち明けた彼だが、恨み節へ差し掛かったところで――彼の脇に据えられた『村正』が、無念を増幅させて本音を歪めてしまう。
「徳川家康……あの古狸の首を取れなんだ」
虚ろな眼差し。嘘ではないが『彼』の本質はそこにない。だが気にする怨霊はいなかった。憎しみに呑まれたら、瞳から光が失せるのもままある事。『彼』へ共感した怨霊たちが、黙々と『彼』へと付き従う。
「奴を……奴を討たねばならん……! 戦を! 戦を始める!!」
突如として支離滅裂になる言動。通常の心理なら、冷ややかな目で見つめることも出来ただろう。だが彼に対して恩義を感じ、『彼』がしたように、感情を共有しようと努めていた怨霊たちは空気に呑み込まれ……『彼』に感化された怨霊の一人が、突如として人魂から黒い鎧の足軽へ姿を変えた。
それは『彼』が持つスペルカードの一つ、装具「不惜身命の備え」が発現した効果。
『彼』と志を共にする者へ、『彼』の一団が身に着けた装備を分け与えるスペルカードだ。今回は恨みを暴走させている影響で、半分自動で発動している。
過熱する空気と加速する狂奔が、次々と怨霊を『彼』の配下へ変えていく。そして彼らは既にいない怨敵を求め、地底を戦場へ変えていった。
局面は佳境へ差し掛かった。戦力の分散を見抜いた『彼』は、敵本陣への強襲を選択。洞窟で休息をとる地底組へ、鎧武者たちが雪崩の如く迫っていった。
「往くぞ者ども! 武士の意地を見せるのだ!!」
「うおおおおぉっ!!」
雄叫びと地響きを轟かせ、怨霊は猛然と突撃する。完全な奇襲を受けた妖怪側は大混乱だ。このまま敵の大将首を獲る勢いで、突き進む怨霊たちだが……何かに弾かれたように『彼』が身を翻した。
直後にかつーんと、鋭い音を立て落下する桶。中身の少女は鋭く舌打ちし、目くらましの弾幕を張った後に気配を闇に紛れさせる。釣鐘落としの不意打ちに動揺する怨霊たちを尻目に、標的にされた『彼』は号令をかけた。
「暗殺者に構うな! 前へ! 前へ!!」
不退転の覚悟を叫び、後ろ髪を引かれた配下へ喝を入れる。振り向くのをやめた戦士たちの前に、次の敵が立ちふさがる。
「……仲間に囲まれて妬ましい! 妬ましいわ!!」
緑の瞳を輝かせて、嫉妬に狂った弾幕が降り注ぐ。怨霊軍の一部が落伍したが、それでも『彼』は止まらない。
「加護『鬼門除けの不動尊』!」
城壁を模した壁のような弾幕が、鬼女の形相の橋姫の弾幕を退けていく。一見反則に見える弾幕だが、一か所だけ凹みがあり、パルスィはそこを潜って回避。だがその合間を縫って、奥地への突撃を敢行した。
火の如く侵略する彼等の前に、今度は物理的な障害が行く手を阻む。
ずらりと並んだ柵。材質も大きさもばらばらの、ありあわせで作った粗雑な柵だ。所どころ盾も備え付けられており、大雑把でも十分に機能している。
「へへ、準備してた甲斐があったな!」
「備えあれば憂いなし……いやぁよく言ったもんだね」
黒土ヤマメと、この場に残った妖怪たちが胸を張る。地底を奪われた後悔と、空いた時間の暇つぶしをかねて、居残り組は防衛陣地を作成していた。明らかな素人の拠点でも、何もないより遥かにマシ。足を取られた軍勢へ、柵の裏から地底の妖怪たちが弾幕を掃射した。これにはたまらず、破竹の勢いで進んだ怨霊も足を止める。一定の距離を保ったままの弾幕合戦は、突然発生したハートの弾幕で一変した。
「本能『イドの解放』」
それは誰にも認識できない宣言。無意識のまま解き放たれる弾幕だ。怨霊軍団へ殺到する攻撃は、遂に彼らの戦意を挫く。
ここではないどこかを見つめ、あるいは再現された光景に『彼』は吼える。
「おのれ……! またしても……またしてもあと一歩で届かぬか……っ!!」
「戦神様! これ以上は……」
「皆は散れぃ! 後は……後は拙者がけじめをつける」
「しかし!」
最前線で槍を振るい続ける『彼』。意地を張る『彼』を見捨てられず、怨霊たちは後退しながら抵抗を続ける。さらに遠巻きではあるが、大きな気配の一団が洞窟側へ近付いてくる。さとり一派か、それとも囮役の鬼たちか、ともかく妖怪側の味方に違いない。不利を悟った怨霊軍が踵を返し、柵ごしに見える敵の姿が遠ざかった。
「や、やった……? やったっ! 追い払ったよ!!」
「うっし!」
「よっしゃあ!」
妖怪側から歓声が上がる。一度苦い敗戦を味わっているだけに、彼ら彼女らの喜びようは大変なものだった。引き潮の様に去っていく怨霊とすれ違うように、水橋パルスィとキスメも帰還した。
「ああ妬ましい。勝利に酔えて妬ましいわ」
「嘘つけ顔がニヤついてるぞ」
「ああ。鬼がこの場にいたら怒られちまうぜ」
「ははは、こういう時ぐらい大目に見てくれるよ」
「その生暖かい目線が妬ましいわ……」
拗ねた表情で頬を赤らめ、顔を背ける橋姫。一方のキスメはどこか不満げだ。
「……仕留め損ねた。手ごわい」
釣鐘落としは桶に隠れ、気配を殺しながらヒット&アウェイを徹底。隙を見せれば首を落とす腹積もりで攻めたが、結果は見てのとおり逃げられてしまった。
「そう簡単に倒せていりゃ、俺らが地底から追い出されなかったろうしな」
「だよなぁ」
「でもわたしたちの勝ちだよ。素直に喜ぼう?」
「……うん」
桶を持ちあげ、土蜘蛛がキスメの頭を撫で、妖怪全体から勝鬨の声が上がる。二度目の戦闘の山場を終えた一方……囮の鬼たちもまた、重要な局面を迎えていた。
スペカ解説
装具「不惜身命の備え」
本来は生前、彼と共に戦った戦士たちを招集するスペルカード。しかし怨霊化によって効果が変化。『彼』へ好意的な感情を持った怨霊へ、戦国末期の装備一式と、足軽の姿を貸し与えるスペルカードへ変質。元ネタは『彼』の有名な装備。
加護「鬼門除けの不動尊」
『彼』の居城を模した弾幕を放つスペルカード。全方位に対して城壁の様に弾幕を張るが、一か所だけ凹みがある。アマノジャクにならなくても避けれる設定なので安心。




