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STAGE 5-9 脱出は順調に

 二つの火花が高々と上がったのを見て、『彼』こと『紅蓮の戦神』はため息をついた。

 どうやら合流の阻止は失敗したらしい。それに、合図はこちらへ発見される覚悟で行った物。今から追撃を企んでも、相手は迎撃の方策を練っているはずだ。

 ならば、最適な戦略は何か? 相手の行動と意図を推察し、こちらが打つべき手の候補を脳裏に上げていく。


「戦神様。どうやら逃げた鬼が地上方面から迫っているようです」

「あの合図を受けてか?」

「そのようで……」


 見え透いた手だ。これでは増々追撃する気が起きない。鬼たちは間違いなく陽動で、潜伏した妖怪も合流すれば、ぶつけるのは危険だろう。


「追撃しますか?」

「否。それは否ぞ。いかにも相手が弱り目を見せる場合、釣り針が仕込まれているか否か、考えねばならぬ。拙者にも覚えがあってな? 父上が農兵に情けなく逃げ帰ってこいと指示し、好機に浮かれる三河兵を居城まで招き、退路を断ってたっぷりと鉛玉を馳走したものよ」

「……つまり露骨に過ぎると?」

「うむ。鬼の手勢も逃げ出す妖怪も捨て置け。しかしこれは好機ぞ。戦支度をせよ!」

「はっ!」


 下がる配下の怨霊たち。ゆっくりと腰に差した『村正』を撫で、恨み節を呟く。


「泰平の世を乱し、太閤殿下に仇名す狸め……首を洗って待っておれ」


 怨みに憑かれた眼差しは虚ろで、ここかどこかさえ忘れている。事実彼が恨みをぶつける相手はこの世にいない。文字通り幽鬼へ堕ちた彼が、見当違いの矛先を向けるのは――



7月17日 14:05



 陣形は真次が先頭で、中腹にさとりと、お燐含む多数のペットたち。最後尾は地獄鴉の お空に任された。

 彼としては、最後尾のお空が少々不安である。ちら、と視線をさとりに向けると、彼女は不敵な笑みと共に答えた。

「問題ないです。といいますか……お空は最後尾以外だと危ないのですよ」

「なんでさ? あの子にしんがりが務まるのか?」

「お空のパワーを見れば分かります」


 地獄の町の脱出を目指し空を飛ぶと、見回りの怨霊たちが弾幕を張ってきた。応戦は軽くに済ませ、地底入口の洞窟に進むのを優先する。一団が通り過ぎ、列をなしてぞろぞろと迫る甲冑の怨霊へ――お空が棒状の右腕を構えて叫ぶ。


「爆符『メガフレア』!」


 瞬間――太陽の光に似た陽光を爆ぜさせ、超特大の火の玉がいくつも飛んでいく。強烈な閃光に真次も振り向き、お空の力に言葉を失った。

 怨霊たちが慌てふためき、隊列を崩して蜘蛛の子を散らして逃げ惑う。さとりは自慢げに鼻を鳴らして真次を見つめた。


「すげぇ……でもよ。この子いたなら脱出できたよな?」

「地底が落とされた時は乱戦でした。確かに逃げてたとは思いますが、他の妖怪を巻き込んでしまうでしょう? 小回りが利かないんですよ、お空の力は」


 事実、巨大な火の玉は建造物を巻き込んでいた。木造の物は、かすっただけで消し炭である。これの巻き添えはたまったものではない。圧倒的な力の前に敵はしり込みし、ペットたち全員で悠々逃げ切れそうだ。

 出発前青年は危険を覚悟していたが、追撃は緩く拍子抜けである。さとりも同じ印象を受けたようで、ぽつぽつと疑念を口にした。


「そうですよね。派手な合図の割にぬるすぎる」

「俺らは楽できていいがな」

「その通りですが……怨霊たちは奇襲を用いて地底を落としました。その指揮官が私達を放置しますか?」


 真次は軍略の素人だが、ぼんやりと想像してみる。

 あの槍の怨霊は戦闘能力も優れていたが、怨霊への号令や指揮も見事だった。確かに無視は考えられない。


「囮の鬼たちが頑張ってくれてるのかもな」

「どうでしょう? 引っかかりますかね?」

「…………今にして思えば微妙な気がするな」


 率直な感想にさとりは頷き、まとまりのないまま言葉を漏らした。


「この状況、何か嫌な感じがします。昔本で読んだような……」

「何の本だ?」

「軍記小説か、兵法書か……好きなジャンルから離れててうろ覚えですけど……」


 唸る少女に合わせ、真次も思考を巡らせるが全くピンと来ない。闘争や戦闘、戦術や戦略周りの知識は意味も知らず、印象的な単語を辛うじて記憶しているぐらいだ。

 とはいえ想像していれば、心を読める少女の助けになるだろうか? 適当に単語だけ、次々脳裏に浮かべていく。

 孫子兵法、風林火山、五輪の書……一応知ってる軍略系の書物にさとりは首を振る。

「囲んで棒でたたく数の暴力」「戦力の逐次投入は愚策」「分散した敵は叩きやすい」「兵は詭道なり」――より内容を示した単語を並べた。最も真次は、意味や原理はよく知らないが。

 しかし閃きを得るには、十分なきっかけになる。彼の単語と燻っていた不安が繋がり、さとりは額に冷たい汗が滲んでいた。


「それです! ……お燐! 先に洞窟へ戻って! あなたも行けますね!?」

「どうした? 何がまずい!?」

「今地底の戦力は分散しています。私達地霊殿組、囮役の鬼たち、そして洞窟に待機している避難した妖怪たち……」


 状況の説明を受けてもピンと来ない。じれったい真次にさとりは怒鳴りつけた。


「私達と囮の鬼は戦闘を覚悟しています。ですが洞窟組だけは準備していません! そこを強襲されたら……!」

「リスク択だろ!? 下手すりゃ挟み撃ち……」

「成功すれば実質詰みですよ! ここはお空と私に任せて! 早く!!」


 視線に押された真次とお燐が、先行して地底入口へ飛んでいく。果たして二人は間に合うのか……? 不安を隠せない少女の視界に、さとりにそっくりな三人目の姿があった。


7月17日 14:22


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