STAGE 5-7 潜入
7月17日 10:39
地底の町は普段、意外なことに活気はある。
鬼は酒盛りしてうるさいし、妖怪同士の喧嘩はしょっちゅうあるし、いつでもドンパチ賑やかな事も珍しくない。陰りを含んだ喧噪だが、それでも静まり返ることはまずありえなかった。
その地底の町は今、怨霊たちに占拠され沈黙している。甲冑を着込んだ怨霊たちは、我が物顔で町を闊歩していた。
「しっかし用心深いな戦神様は。隠れてやり過ごそうとしてる妖怪をあぶりだせ。なんて」
「実際、そういう奴はいた。怪しい箇所を把握してる辺り流石だよ、あのお方は」
二人一組で町を見回るよう『彼』は配下に命じている。緩めのローテーションは怨霊にも負担は少なく、仲間たちにも評判は良い。
「……なんでわかるんだ? 新参者なのに」
「経験則と父親の教えらしい。こういう入り組んだ土地柄は、庭みたいなものと仰っていた」
「凄まじいな……それと聞いたか? 戦神様は古明地さとりが、どこかに潜伏していると読んでいるそうだ」
「……なに?」
戦闘の後、物が散乱する町並みの中心で、二人の怨霊が足を止め会話を続けた。
「どうしてまた? 俺たちの心を読んで、真っ先に逃げ出しそうなものだが」
「俺たちが反乱を起こした後、怨霊全員の情報を統合すると……お燐さんしか、地霊殿の住人を見てないらしい」
「そうなのか?」
「ああ。これはお燐さんが、救援を呼ぶ伝令役なんじゃないかと戦神様は当たりをつけてる。つまり古明地一派は、まだ隠れて脱出の機会を窺っている。この地底のどこかでな」
会話が一度途切れると、二人の怨霊の間に緊張が走った。
「俺たちが見回りに出てるのは、抜け出せないようにするためか」
「あるいは狩り出すためだな。見た感じこの辺りに異常はなさそう……ん?」
「どうした?」
二人の視線が、道中に転がる物に集まる。様々な道具が散乱し、とっ散らかった道の隅で、大きな桶が逆さまになっていた。
「なぁ、あんなところに桶なんてあったか?」
「どうだろうなぁ……覚えてないが、風で飛ばされてきたんじゃないか? 今日は桶屋が儲かりそうだ」
「馬鹿。俺たちのせいで開店休業中だ」
「おっと、そうだった」
軽口につられて、気楽に桶の存在を流す二人組。そのまま会話を楽しみながら、見回るために桶から遠ざかる。
――距離が開き、誰の視線も通らなくなったその通路で……桶がガタゴト音を鳴らす。ゆっくりと逆さまのまま浮上し、下からは白い服を着た足が生えてきた。監視を気にしてこそこそ動き物陰に移動して、見張りの気配を感じたら、道の端で足を隠し桶のフリをする。
種を明かせば実に単純。西本真次は桶を被って、地底の町へ潜入したのだ。
「ふー……今のはちょい焦ったな」
彼の胸に抱かれた黒猫が鳴いて答える。お燐は怪我で激しく動けないのと、省スペースを兼ねて猫に化けて道案内をしていた。
この潜入方法は、キスメが勧めた方策である。とあるゲームを連想させる方法に、最初聞いた真次の頬は引きつったものだが……ドン引きする彼に、にっこり笑って彼女は言った。
「大丈夫大丈夫。私もいつもやってるから」
猛烈な同調圧力を込めた笑み。何故か背筋に冷たい予感を感じ取り、しぶしぶながら真次は頷いた。しかしやってみれば案外バレないものらしい。これで見張りをやり過ごしたのは四回目になる。
「まさか27才になって、リアル潜入任務するとはなぁ」
真次の独り言の意味はお燐にはわからない。現代人なら飛びつくネタも、幻想郷では意味不明だろう。首を傾げる猫の頭を、撫でて誤魔化した。
「ちょっとだけここで休もう。もうちょいで合流できるんだよな?」
猫がコクリと頷き、真次もニヤリと頬を緩める。桶の隙間から外を注意し、見回りをかいくぐって、古明地さとりの隠れ場所を目ざした。
7月17日 10:52




