STAGE 5-5 お燐の使命
酷い、夢を見た。
いつもと変わらない地底が、炎に包まれる夢……
地霊殿の仲間たちも、混乱に包まれる。けれども自分たちの主は冷静だった。
「みんながいるか確かめ合って! 地霊殿から逃げ出します。その後は……近くの洞穴に身を潜めます。それとお空……あなたの弾幕は目立つから、攻撃しないで!」
「うにゅ!」
仲間の一人、地獄鴉のお空がぴしっ! と答える。彼女の力は強力だが、故に周囲を巻き込みかねない。主も言った通り攻撃も派手で、敵を呼び寄せてしまうだろう。そして、乱戦と混乱が起これば、仲間全員で脱出するのは難しくなってしまう……
「そういうことです」
心を読んだ地霊殿の主が、そのまま視線を合わせて続ける。
「お燐……やっぱりあなたが適任みたいね」
「なんの話ですかにゃ?」
「あなたには一人、別行動をとってもらいます。以前の異変のように……お願い」
脳裏に奔ったのは、かつて地底の異変の記憶。その際お燐は機転を利かせて、地上へ異変を伝えた事があるのだ。主人がお燐に求めているのは、誰かの助けを呼んでくること……言うまでもなく、大役である。
「ふふ、そんなに緊張しないで。お燐なら大丈夫」
「さとり様……!」
頭を撫でて、人の心を読む主人は微笑んだ。全幅の信頼を受けたお燐は、決意を胸に仲間たちと分かれる。
「お空! さとり様を頼むにゃ!」
「うん!」
明瞭なお空の返事を背に、お燐は一人地底の町へ飛び込む。
いつも見ていた平穏な町並みの影もない。周囲にいるのは、槍や弓、甲冑で武装した怨霊たちだ。
――お燐は、怨霊の姿を見て絶句する。
(なんで……なんで地底の怨霊たちが!?)
戦国時代の武具を用いて、地底を戦地に変えたのは『地底に元々住んでいた怨霊たち』だった。
一瞬足を止めた矢先、武装した怨霊と視線が合う。怨霊たちもお燐を見て絶句し、動きを止めていた。
「お燐……さん?」
「あ、あんたら……なんで地底をこんな風にするにゃ!?」
お燐にはわからない。お燐と怨霊の関係は、世間話をしたり、数が増えたか減ったかを軽く眺めたり……深い関わりでないものの、憎み合い、敵対することは信じられなかった。
彼らも同様なのか、口惜しげにお燐へ語る。
「…………戦神様に当てられた」
「許しは乞わぬ」
「……あなたには世話になった。恨みはない」
「だから、早く地底から出ていけ」
怨霊たちの言霊に、お燐を責める意図はない。成り行きで敵対してしまった相手への気づかいが感じられる。洗脳されている訳ではないのか?
「……何をしている」
初めて耳にする鋭い敵意に、お燐は反射的に飛び退いた。『彼』の弾幕は火車の脇腹を捉え、彼女は膝をついてしまう。
武装した怨霊たちは、戸惑った様子で『彼』を見つめた。
「戦神様……お待ちください! 彼女は……」
「愚か者っ! 戦場で出会うたら、血を分けた親兄弟であっても敵ぞ!?」
「しかし恐れながら! わたくしたち地底の怨霊は、お燐とはそれなりに知った仲でして……!」
食い下がる怨霊たち。彼らを駆り立てたのは、目の前にいる槍使いの『彼』に違いない。お燐に覚えのない怨霊が、他の怨霊たちを煽動したのだ。
痛みをこらえ、よろよろと『彼』から遠ざかる少女。彼女を追撃する怨霊はいない。『彼』以外はお燐に殺意を持てず、『彼』は戦闘よりも地底の怨霊を優先した。遠ざかる会話を、おぼろげにお燐は耳にする。
「……そこまで申せるのなら、よい。情を一切捨てよとは言わぬ。拙者も未熟故、結局情は捨てきれなんだ」
「戦神様……!」
「なれど、これきりにせよ。知った顔に会う度、躊躇うていては戦にならぬ。各々心に刻み、一層の覚悟を拙者は望む!」
「「「「ははっ!!」」」」
危うい足取りの彼女は、見つかりにくくするため黒い猫へ化けた。朦朧とする意識の中、無意識が彼女を地上方面へと導く。奇妙な匂いにつられて歩き、彼女の意識は男の足元で途切れ――昏々と丸一日眠り続けた。
「ぅうんっ……はっ!?」
地霊殿と異なる天井。即興で組み立てた小屋と、薄明りの下でお燐は目覚める。
気配を察した男が、明るい声で語りかけた。
「お、やっと目が覚めたか」
「ここは……?」
「地底から脱出した連中のたまり場だ。勇儀って鬼が中心になって、地底奪還を狙って力をためてる。とりあえず、ここにいれば安全だ」
何故人間の男がここにいるのかわからない。どうもこの様子だと、味方ではあるようだ。
「怪我の方は治療したが、まだ動き回らない方がいい」
「そうは、いかないにゃ」
かけられたボロ布から抜け出し、地上に進もうとするお燐。もつれる足、軋む肉体を強引に意志の力で動かそうとするも、彼はやんわりと手で進路を遮った。
「待て待て! 動くなっつってるだろ!?」
「こうしてる間にも、さとり様やみんなは……っつ、せめて地上の人間に助けを」
「無理だ。そっちも異変中で助ける余裕はねぇ。ともかく嬢ちゃん、話を聞かせてくれないか? 俺も色々、伝えるべき事がある」
揺るがぬ意志を込めた声と共に、いたわる手つきで男はお燐を座らせる。もどかしさに身を焦がし、胸中に焦燥を募らせるお燐へ、彼は説得するかのように現状を語った。




