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STAGE 5-4 敵は愛すべき蛮勇

7月15日 11:00



 真次は今までの異変について、地底の住人達に全て話した。

 地上では狼型の怨霊たちが暴れて回り、その中核にいるのは「現代で忘れられているとは考えにくい人物の怨霊」であり……どうも中心にいるのは、自分の兄だと言うことも。


「あり得るの? 話聞く限りじゃ、あんたの兄は……」

「少なくとも、英雄と張り合えるようなヤツじゃない。呪いやら黒魔術やら、自前で研究してた節もあるが……誰よりも弱いヤツって印象だ。俺の知る限りでは、ボスになるタマとは思えない。でもまぁ、実際なってるんから何が何だが」


 気になる箇所だが、今重要に思える部分は別にある。地底の妖怪たちの一人、キスメはそこを指摘した。


「……地底には、狼の怨霊は居ない」

「だよなぁ……あれはどう見たって足軽だ」


 そう――今回地底で暴れ回っているのは、狼の群れの怨霊ではない。鎧と槍、刀や弓……真次は見落としていたが、火縄銃を使う怨霊もいたようだ。


「戦国時代の恰好だね。アタシも見たことある」

「間違いないわね」

「うんうん」


 周りの妖怪たちも首を縦に振っている。人外である彼ら彼女らは、真次よりずっと年上だ。戦国時代を“実際に経験している”妖怪たちの言葉なら確定的だろう。そうなれば――


「あの槍使いは……戦国の武将か?」

「そう考えるのが自然ね」

「だね……しかも、アタシと張り合えるほどの『英雄』様だ……あの男は私が仕留める。誰も手を出すんじゃないよ」


 負傷している彼女が殺気を孕んだ言葉を放つ。怪我人と思えぬ……いや傷を負ったからこそ、鬼の宣言には凄みがあった。

 何人か怯えた声をあげ、真次の背筋も凍りつく。シンと静まり返った場を取り持ったのは、橋姫の控えめな肯定だった。


「……そもそもあの男、勇儀以外で勝ち目あるの?」


 全員が、黙り込む。

 地底相手に大立ち回り。奇襲で力を発揮できなかったとはいえ、鬼の四天王、星熊勇儀を退ける相手だ。彼女の全力をぶつける以外に、多くの妖怪たちは勝てないと感じている。

 けれど全員ではないのか、別の意見も妖怪たちの中から出てきた。


「さとりのペットの……地獄鴉ならどうだ? 弾幕のパワーならいい勝負じゃないか?」

「どうだろ? 正面からぶつかれれば行けるかも……でもなぁ」

「良い様にあしらわれちまうだろう。あの子……その、頭があまりな……」

「無意識の妖怪ならどうだ? 認識できないなら暗殺を通せないか?」

「……いや」


 最後、呟いたのは真次たった。


「俺は多分、その妖怪に助けられたんだが……あの槍使い、俺には見えてない誰かに弾幕飛ばしてた。ちゃんと見えてるかまではわからんが、気配は追えるんだろう」

「まじかよ……嘘ついてんじゃねーだろうな?」


 ぎろ、と鬼の一人に睨まれても、真次は困ったように頭を掻くだけだった。鬼は嘘が嫌いな妖怪であるが、彼も証明の方法がない。

 真次の言い分を後押ししたのは『彼』と対決した鬼だった。


「あの怨霊なら、多分できる」

「勇儀姐さん……」

「戦ったアタシだから分かるよ。アレは恨みだけで強くなったヤツじゃない。生前から鍛え上げられた、戦士の面構えさ……生きてるうちに会いたかったね」


 敵への怒りを滲ませながら……けれど彼女の言葉には、相手を憎み切れていない節がある。真次には解らなかったが、地底の鬼は言い分に共感していた。

 ――彼等鬼たちは、正面から鬼退治に来ない人間に失望し、地底へやって来た。

 力で正面から戦うのではなく、知恵と策謀で鬼を倒す人間たち。鬼たちは悪役で、退治されるのもある程度は承知の上だった。

 だが、どうせ退治されるのなら……恐ろしい鬼と正面から戦って、その上で勝ってほしかった。そして鬼たちはこの言葉を送りたかった。

『よくぞ打ち克った、人間!』――自分たちを倒す、勇気ある者に称賛を送りたかった。

 もうそんな気骨のあるヤツは居ない。諦めと失意の中地底で暮らす鬼たち。そこに……『英雄』の怨霊がやって来て、住処まで奪われた。

 怒りも、嘆き、悲しみ……今まで妖怪たちが、人間に与えてきた負の感情。逃げてきた彼等の胸に去来するのは、それだけではない。

 ――彼のような強い人間が、鬼に正面から挑んでくれたら――

 地底の鬼は、強くて度胸のある人間と戦いたい。堂々と鬼退治に来る人間を、心のどこかで待ち望んでいる。まるで、未練を残した幽霊のように……

 その願望を、敵の怨霊は否応なしに刺激する。あれほどまでの武勇を持つ相手と、ガチンコでりたい。沈殿した怒りは闘志に変わり、久々に現れた強敵へ鼓動を高鳴らせた。


「アタシは負けた。一度は負けた。鬼の四天王名乗っといて、死に損ねておめおめ逃げてきた」


 星熊勇儀の視線が、真次に向けられる。彼は動じず次の言葉を待った。


「町を壊したのは気に食わない。戦いも奇襲気味でずるいとも思ったね。でもさ……アタシら妖怪に喧嘩挑んできた根性は本物だ。とんちも口八丁もなく、力ずくでアタシらの町を奪い取ったことは本当だ」


 ぐ、と勇儀の拳に力が入った。込めているのは怒りだけではない。全力を出すに値する、敵対者への武者震い……!


「アタシら地底の妖怪は、妖怪同士さえ嫌われる悪者さ。アタシも人間相手にこういうことやった覚えはあるよ。街中占拠して、我が物顔で人様の町歩いて――退治に来る強いヤツを待っていた。

 今の今まで、アタシらと正面から戦おうなんて馬鹿は居なかった。こわーい妖怪様にビビって、姑息な手を使うやつばっかだった。けれど今、アタシらの前にソイツはいる。攻めと守りは逆だけど、アタシらが求めてた、強いやつは目の前にいる――!」


 力の勇儀の言葉は、力強く妖怪たちの胸を打つ。鬼だけではない、橋姫も、土蜘蛛も、釣瓶落としも、各々が闘志を燃やしていた。


「アイツらをぶっ飛ばす。真正面からぶっ飛ばす! 思う存分戦って、アタシらの町を取り返す! そんでひと段落したら、みんなで酒でも飲もう!」


 勇儀の演説を聞いた妖怪たちに、下を向く者は皆無だった。暗い情念に取りつかれる者もいない。拳を振り上げ、各々に戦意を叫ぶ


「ハハ! 剛毅だねぇ!」

「……私もがんばる」

「しょうがない。付き合ってあげるわ……勇儀に本気出させる怨霊が妬ましい……」


 大音声が洞穴を揺らす。敗戦直後と思えない熱意に飲まれ、真次もつられて叫ぶ中――ふと、冷たい『直感』が彼の脳裏をかすめる。

 熱狂から冷めた真次は、首を振り周囲を見渡す。彼の視界の隅に、二股の尻尾を持つ黒猫が、傷だらけで横たわっていた。


7月15日 11:44

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