STAGE 5-2 戦上手の槍使い
7月13日 19:19
業火が広がる地底の中で、星熊 勇儀の中に、複雑な感情が渦巻く。
自分たちの過ごしてきた町を蹂躙されるのは、これが初めて。人間の町で近いことをした覚えもあるが、まさかその身に返ってこようとは。
「……全く、大したもんだよ。アンタは」
眼前にいる十文字槍の使い手は、今まで彼女が戦ってきた人間の中でも、五本の指に入る技量を持っていた。地底にいた怨霊を率いて、妖怪たちを追い払う知略と軍略は気に食わない部分もある。しかし地底にやって来て数日で、怨霊たちを統制し、一瞬で侵略を完了する手並みは見事たった。
「アタシの負けだ。この首、手土産にするといい」
悔いも不満も大いにあるが、この相手になら悪くないと思う。最後は知恵やとんちではなく、鬼の四天王と刃を交え、勝利して見せたのだから。
しかし『彼』の視線が揺れる、槍の穂先が地面に下がる。あからさまな動揺と躊躇が、怨霊の殺意を鈍らせた。
――星熊勇儀は気づかない。
今の彼女の立ち位置、言動は……『彼』の最後に近いモノ。意図したことではないのだろうが、一瞬の間が生じ……結果、彼女の弾幕が間に合う。
「ダメよ! 勇儀っ!!」
「……パルスィ」
いつも「妬ましい」が口癖の彼女が、泣き叫ぶように弾幕を張る。その力は弱弱しく、全身傷だらけ。どうやら無理して勇儀を探していたようだ。
「やっと……やっと見つけたのに、こんな……逃げて。生きてよ勇儀! 私は絶対イヤだから!」
陰気な彼女を嫌う者もいるが、彼女はどうしようもないぐらい、素直に感情を発露する。嘘が嫌いな鬼にとって、パルスィの生き方は嫌いではなかった。
彼女の気持ちは嬉しい。けれど勇儀は彼女を静止する。
「止めないでくれ。こいつに討たれるなら、悪くない」
「ふざけないで! 引きずってでも連れてくから!!」
怨霊は、槍で弾幕を弾きすらしない。パルスィの攻撃は浅く、傷にもならないのだろう。彼女を巻きこむのは忍びない。が、勇儀はここで華々しく散るつもりだった。
――西本真次が、大量の弾幕で押し返すまでは!
「よく言った嬢ちゃん!」
火薬の爆ぜる音。殺到する銃撃に飛びずさり、槍の怨霊との距離が開く。割って入ってきた白衣の男は、手を止めずに二人にこう告げた。
「コイツは俺が引きうける! 早いとこ町から逃げろ!」
「な……!? 邪魔するな! こいつとアタシの勝負は――」
「もう決着はついてるだろうが! 今生き残ってる奴らは、黒谷ヤマメの家まで撤退してる! 嬢ちゃん! 引きずってでも連れていくって、言ったよな!?」
視線を敵に合わせたまま、真次は声を張り上げる。瞬時にパルスィは勇儀をひったくり、死地からの脱出を試みた。
「放せっ! こんな無様に生き残るなんざ……! 鬼の四天王の恥さらしだ!」
「ここで犬死する方が恥だ! やられっぱなしでいいのか!?」
「勇儀……今は、生きてっ!」
「ちきしょう……っ! ちきしょぉぉぉぉぉっ!!」
消耗しきった勇儀は、パルスィの腕を振り払えない。腹の底から飛び出した叫びは、真次の背中から遠ざかっていく。
それでも、真次は全く安心できなかった。彼の放つ弾幕は、一つ残らず捌かれてしまっていたのだから。
(何者だコイツ!?)
穂先と石突を巧みに振るいつつ、体捌きも駆使して射撃を避ける。反撃こそ来ないが、有効打もない。彼の胸中に焦りが募っていた。
この後、真次も離脱しなければならない。あらかた妖怪たちを逃がし終えたが、彼本人も最後はこの町から脱出せねば。それには、この槍使いを追い払い、怨霊たちの追っ手を撒かなければならない。
敵は徐々に距離を詰めてくる。弾幕をいなしながら、間合いまで縮めてくる技量は尋常ではない。正攻法で勝てる相手とは思えず、真次は煙幕を張って逃げようとした。
煙に包まれる槍の怨霊。後は速力で振り切れると踏んだ真次の背筋に、冷たい囁きがぞわりと這い寄った。
「煙玉……か? だが、未熟……!」
背を向けた真次のすぐ横を、投げ飛ばされた槍が通過する。視界を塞いだはずなのに、まるで見えているかのような精度だった。
耳に鋭く響く風切り音に怯んで、真次は煙越しの相手に振り向く。視界に映ったのは、煙の中から一本鎖が飛び出している光景だった。
投げた槍に鎖を巻き付け、鎖を掴んだ『彼』は真次に猛進する。いつの間にと思う間もなく、脇差を抜いて真次に切りかかった。咄嗟に「レーザーサーベル」で受け止めたが、バランスを崩している間に、上へと回り込まれてしまう。
逃げ道を潰された彼は、旧地獄の町に飛び込む。入り組んだ地形を使って、振り払う算段だ。彼に土地勘はないが、このまま戦っても勝ち目はない。少しでも可能性がある方に賭けたつもりだった。
仕掛けてきた『彼』にも、地底の街並みは知りようがない。
けれど『彼』は人望厚く、地底に暮らす怨霊を掌握していた。加えて、戦場における地形利用の達人でもある。『彼』が一つ槍を振るい、大音声で号令をかけた。
「かの者を捕えよ!」
町中に響いた言霊は、『彼』が率いる怨霊へ、稲妻の如く伝播する。曲がり角で待ち伏せ、群れを成して真次の背中を追いすがり、行く先々で青年を阻む。あれよあれよと袋小路に詰められて、真次は甲冑を身に着けた怨霊に取り囲まれてしまった。
「……マジ?」
槍と刀を突きつけ、青年を包囲する怨霊たちに隙は無い。絶体絶命と思った矢先、真次とは比べ物にならない弾幕が、包囲網を蹴散らした。
「「!?」」
その場にいた全員が驚愕したが、無理もない。猛烈な弾幕の嵐は、唐突に発生したのだから。
いや、今もその暴力は続いているが、どこから飛んできているのかが分からない。まるで意識の外側にいる何かから、攻撃されているような……奇妙な感触であった。
ともあれ、真次にとっては千載一遇の好機。混乱に乗じて脱出を図る。
もう一度槍使いの怨霊が立ちふさがったが、『彼』には見えているのか? 弾幕の発生源目がけ、槍を突きだし、懐から何かを投擲したりしている。認知不能の誰かは、時間を稼いでくれるようだ。真次は去り際、見えない誰かに向かって叫ぶ。
「誰かわからんが助かった! 一段落したらなんか奢るぜ」
争いが見えなくなる直前、閉じた瞳の少女が、小さく微笑んだ気がした。
7月13日 19:59




