STAGE 5-1 地底陥落
旧地獄、地底の町――
嫌われ者の妖怪が、地上と距離を置いて住まうこの町の上空の空間が捩れた。
空間異常に気がついた者は強い懸念を抱いたが、果たしてその余裕を持てた妖怪が、一体何人いたことやら。
その日地底は戦火に包まれ、町の至る所で火の手が上がっていた。
陥落する地霊殿。氾濫する怨霊たちの反乱が、旧地獄を本物の業火に包んでいく。地底の町の住人は蹂躙され、彼らは慣れ親しんだ町から追い出された。
突然の奇襲に対応できない地底の妖怪たち。初戦は惨敗に終わり、彼ら彼女らの脱出が始まる――
7月13日 17:10
非常口から飛び出した真次は、旧地獄の上空から降下する間……燃え落ちる地底の惨状を目の当たりにしてしまった。
あちこちで諍いと怒号が唸りを上げ、弾幕と弾幕は火花を散らす。所どころ蠢く影は、やはり異変の元凶である怨霊たちだった。
(間に合わなかったか!?)
真次に出来る最速の手でも、相手の攻勢を阻止することは叶わない。きりりと顔を歪めながら、彼は速度を上げて怨霊へ狙いを定めた。
まだ、全てが終わったわけではない。激しい戦闘が続いているなら、抵抗している妖怪がいるはずだ。ぐんぐん迫る地面に臆せず、弾幕を撃ち合う集団に割って入った。
「「!?」」
両者とも、突然の闖入者に攻勢が止まる。一瞬の隙を見逃さず、青年の魔法銃と退魔銃が火を噴いた。動揺と混乱が加速する両者。
「人間!? なんでこんなとこに!?」
「くそっ! こっちに撃ってきた! 戦神様指示を……かしこまりました! 後退します!」
「運のいい妖怪たちだ。次はないと思え!」
負け惜しみと共に、鎧と槍、そして旗を掲げた怨霊が下がる。真次は追撃より、妖怪たちを優先した。数人で逃げていた彼らに話しかける。
「大丈夫か?」
「え? ああうん。わたしたちは大丈夫……あんたは?」
「どう説明したもんかな……今地上は異変中で、次はここが狙われるって話聞いて、飛んで来た」
「……一足、遅かった」
「すまない」
虚ろな眼差しで、桶から顔を覗かせる妖怪が彼を射竦める。低く冷たい口調の中に、鋭い棘が含まれていた。
二人の間に、金髪の妖怪が割って入る。努めて明るい口調なのは、元からの気質か、それとも無理をしているのか……
「いや、それでもわたしたちは助かったよ。あんたは……上から来たみたいだけど、町は今どんな様子……」
「どこもかしこもドンパチやってる。火の手が広がってるの見ると、多分劣勢だろう」
「……そんな」
「鬼のみんなもやられちまったのかい!?」
「まだ抵抗してる奴等もいる。これから俺は怨霊どもを抑えに行くつもりだ。町の外までは戦火が広がってない、今はとにかくここから逃げろ!」
生き残っている妖怪たちを逃がし、次の一手に繋げなければ。軍略は素人の真次だが、ここでやられては犬死なことぐらいわかる。悔しげな表情は一瞬で、妖怪たち彼の言葉に概ね従った。
「……みんな、地底と地上の通り道に、わたしが使ってる家がある。そこにいったん逃げよう。生き残って、力をためて、地底の町を取り戻すために、今は……っ」
茶色の衣服に金髪を震わせて、少女の一人がこぶしを握る。真次は彼女へ訊ねた。
「生き残ってるやつになんて言えばいい?」
「『地上と地底の間、黒谷ヤマメの家まで逃げろ』って言えば、大体わかるはず……あんたは来れる?」
「最後に逃げるヤツを背中から追いかければいい。それも出来そうにないなら、上に逃げれば大丈夫なんだろ?」
少女――黒谷ヤマメが頷く。彼女が背を向け逃げ出す直前、桶ごしに顔を出す緑髪の少女が凛とささやいた。
「……私も手伝う」
「キスメ!? 危ないよ!」
「……この人のマネをする。不意打ちして、割って入って、逃がせばいいんでしょ。いつもやってる」
「そうだけど……」
渋る様子のヤマメだが、桶の少女から鋭い冷気が放たれている。表情こそ希薄だが、かなり頭にきている様子だ。止めるのは無理と考えた真次は、彼女に提案する。
「ならここの近場のやつに頼む。遠い奴等は俺が」
「……わかった」
「それと……突っ込みすぎるなよ? 後で落ち合おう」
「……あなたもね」
桶ごと空を飛び、真次と反対に飛び出す少女。
地底撤退戦は、ここから佳境を迎えようとしていた……
7月13日 17:28




