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STAGE 4-25 浄瑠璃が暴くのは

突然の大増量……話の関係上、今回は区切れませんでした。

7月13日 16:59



「どうですか? 彼は旧地獄で通じる人間でしょうか?」

 問いかける彼女の腕には、磨かれた一枚の鏡がある。業火の模した飾りの鏡は、どこか神々しい輝きを放っている。心にやましいところがあれば、つい目を逸らしてしまいそうな……そんな眩さだった。つい先ほどまで、真次と戦っていた少女は答える。


「実力はそれなりに。ですが……少々甘いところもあります」

「むぅ……普通の審判でしたら『白』で良いのですが」


 話し合う二人を、真次は遠巻きに眺めて待つ。どうも閻魔様の方も、決めかねている様子だ。


「ともかく……彼の行いを、浄瑠璃の鏡で検めます。すべては、それから決めるとしましょう」


 言葉が途切れ、緑の髪の少女がゆっくりと近付いてくる。視線の先に居る彼は、目を逸らさず待っていた。

 淡々とした足取りで、閻魔は何も言わず彼の前に迫る。すべき事、やるべきことは決まっているのだ。言葉を交わす意味はないが、彼女は一言だけ彼に問うた。


「覚悟は?」


 鋭く、胸を突き刺すような重い響き。審判者特有の荘厳な……ちょうど裁判官が、木槌で叩いた時のような、空気を引き締める音に似ている。真正面の彼は、ぴくりとも揺るがず返す。


「――出来ている。始めてくれ」


 西本真次本人は、誰に見られたとしても、悪人とは呼ばれない生を送ってきた。彼が思い込んでいるのではなく、客観視ではそれ以外言えない人生だった。故に真次は、これで失格になるとは考えていない。

 ただ一つ、思うところがあるとすれば――自分の在り方を見た閻魔様は、どんな反応をするのか、少しだけ興味があった。


***


 浄瑠璃の鏡。それは閻魔大王が持つ、魔法の鏡。

 地獄の裁判に用いられ、あの世へやって来た人間の行いを検めることが出来る。この鏡に暴けない過去の行いはない。公正な裁きを下す鏡が、最初に映し出したのは――赤。

 赤、赤、赤。血管の赤、内臓の赤、血液の赤、筋肉の赤。

 西本真次は、無数の赤を目にしてきた人間だった。身体を開き、身体を塞ぎ、身体を切り裂き、身体を治す。

 それが彼の仕事だった。それが医者の宿命だった。

 グロテスクな赤が覆う世界を、四季映姫は心を荒げることなく眺める。重い罪人の悪行と比較すれば、人を救う前提の分、彼の行為は神聖だから。

 それにしてもと、閻魔は思う。


(救った人の数が多すぎます)

 

 彼の往く先々で、命の危機にさらされる人の多い事。もちろん、真次の持つ勘が、彼を赴かせた部分はある。自作自演のはずもなく、彼はそういう星巡りの下、生まれてきた人間だったのだろうか? ごく稀にだが、数奇な運命を辿る人間は、確かに存在する。

 彼の行いは、続いている。

 景色は、見慣れない……いや、馴染みのない空気の町並みに変わっていく。

 小町と川を渡る際に、彼は海外に居たと聞いた。ここは恐らく、別の土地。星条旗のはためく病院で、彼の噂話が聞こえてくる。


「ジャパンから来たアイツ……大したもんだな」

「あぁ。けど徹底しすぎてなんか怖いぜ……向こうでも期待の新人で、『神童』とか呼ばれてたらしいが」

「大事なところは、絶対に間違えないからなあの人。一緒にいる間はそうでもないが……」

「なーんか後々見直すと……こう、上手く言えないが、不気味なんだよな……生気が足りない?」

「それだ! 精確過ぎて人間味がねぇ! ありゃあ『精密機械』の類だぜ!」


 HAHAHA! と笑う同僚の影から、真次はロボット映画のメインテーマを口ずさみながら現れる。彼らはぎょっ! と振り向いた。


「えーと、こんな感じでよかったか? すまない、医療用ロボット映画は知らないんだ」


 おどけて見せる青年の姿に、同僚たちは引きつった顔のまま。真次も奇妙な空気につられて、少しだけ顔を真面目にする。


「あー……あんまり気にしないでくれ。俺自身自覚してるし」

「oh……ソーリー真次」

「いやだから気にしないでくれよ」


 真次にとっては、他愛のない会話。けれど同僚たちにとっては、真剣な話だった。その温度差を感じ取れなかったのか、はたまた知った上で見逃したのかはわからない。しかしいつしか真次は、こう呼ばれるようになった。『精密機械』と。

 ――彼の持つ仇名の一つは、決して称賛のみで与えられた名前ではなかった。正しすぎる故に、人間味の欠落している彼を揶揄した名前……

 もちろん最初は、小さなさざ波のような囁きだった。真次本人も、己の形質と受け入れているのか、あまり気にしていなかった。

 その名が定着する原因となったのは――『トリアージ』だった。

 十のために、一を切り捨てる行い。人が人の命を測るのは、閻魔にしてみればおこがましい行いだ。されど……人間がすべてに手を伸ばすことも不可能。抱えられる量が限られているのなら、いくつかを切り捨てねば、救える命も救えなくなる。

 彼が直面したのは、戦場めいた惨禍だった。

 地元警察とマフィアの銃撃戦。正義と悪が血反吐をぶちまけ、ドロドロの血の沼がコンクリートに広がる。巻き込まれた一般人が流れ弾に呻き、その場に居合わせた真次も頬に傷を作っていた。

 白と黒の混じった、赤い惨状の中で――西本真次はトリアージを実行した。

 肌の色、人の所属を区別せず、判断すべきはより多くの生命を救えるか否かのみ。自らが抱えられる限界を見極め……いくつかの命を零し、無数を救済した。

 彼は忖度も差別もなく、能力限界まで活動していた。この後半日ほど真次は眠ってしまうし、報道機関も彼の行いを称賛した。閻魔の視点でも『白』と断言できるだろう。

 ――だからこそ西本真次は、彼の周囲に不気味だと、『精密機械』の名が定着した。

 西本真次は、いかなる状況においても、医者として最善解を導き出し、実行する。患者がたとえ、死や痛みを恐怖する叫びを聞いても、彼は何一つ……本当に重要な部分は、絶対に間違えないのだ。

 それは医者としては完璧で、

 それは人間として壊れていた。

 ……影でどう言われようが、西本真次は興味を持たない。そんな事より、より苦しむ患者を治すことを優先した。同僚も真次の前では悪意を引っ込め、医療従事者として活動した。共にいる間は、彼は空恐ろしいほど有能だったから。

 中には……徹底した真次の在り方を、尊敬の眼差しで眺める一群もあった。

 真次としても、変わった連中だと感じていた。最も幾分かは照れ隠しで、憎からず思ってたし……何より、真次が言えた義理ではない。

 多くの畏敬と、少数の憧憬を背に真次は歩き続け……やがて彼は、尊敬の中に思慕を宿した視線に気づく。

 同じ医院で働く、少し年上の女性。やがて二人は、恋人と呼ぶには浅く、友人と呼ぶには近い間柄にまでなった。真次の人らしい姿を見て、徐々に影は鳴りを潜めつつあった。

 あぁ……けれど彼の宿命は、残酷にソレさえ引き裂いてしまった。

 ある日、彼女を含む同僚たちと一緒に、ショッピング・モールを巡っていた時――銃の乱射事件に巻き込まれた。

 吹き荒れる恐慌、鳴り響く銃声、倒れる人、迫られる決断。

 仲間の内、二人が銃弾を浴びた。一人は“彼女”だった。

 真次は、傷ついた仲間見つめてから……別の場所で被弾した、重篤患者の下へと走り出してしまった。

 ――彼は、誰にも忖度をしない。誰が悲鳴を上げようとも、どれだけ自分と関わりがあろうと……真に生命の危機にさらされているかどうかが、西本真次の判断基準だった。

 それは、客観的に見れば正解で、

 それは、主観的に見れば裏切りだった。

 身近な人間の苦痛にさえ、他に優先すべきことがあるのなら、彼は迷わず身近を置いて他人を救う。傍にいる人間から見れば、それが正しかったとしても……見捨てられたことと、変わりない。

 この件が終わった後、彼は一人になった。当然と言えば、当然だった。

 閻魔は無言で、真次の業を見つめている。

 彼はどうしようもなく『白』だった。おおよそ人間に到達するのは難しい、シミが限りなく少ない『白』。純粋に近い故に、他人に受け入れられない『白』……

 白衣の彼は、負傷した彼女の下へ訪れた。合わせる顔がないのを承知で。罵詈雑言も、全て受け止める覚悟の上で。

 真次を待っていた彼女は……寂しげに微笑みながら、彼に囁くばかりだった。

 ――全て知った上で、私はあなたに恋していたと。

 決して手の届かない場所にいる人だから、そんなあなたに手を伸ばていたのだと。

 ――出来るなら、誰にも手が届かないあなたを、私のモノにしたかった。

 真次の瞳が揺れる。何も言う資格のない彼は、何も返せなかった。

 彼女は最後まで、真次と機械だ冷酷だと、批難したりはしなかった。心がある彼に、最善を実行し続ける彼に、三つめの仇名を与えた。

 ――治せる者を察知して、より多くを助ける魔法使い。と。

 思わず、真次は笑ってしまった。あんまりにも出鱈目な呼び名だったが……『機械』と呼ばれてしまうより、ずっとずっと腑に落ちた。

 己の宿命を認知した真次は、これ以降恋をすることをやめ、女性に言い寄られても袖にし続けた。

 ――もし、伴侶が『助からず』他の誰かが『助かる』ならば……きっと自分は見捨ててしまうだろうから。

 その後の展開も、閻魔はじっと鏡越しに観測し続ける。

 だが、その行為にあまり意味があったとは思えない。

 西本真次という人間は、この時に完成し、以降ずっと……その本性と本質を変えずにいる。それは日本に戻り、幻想郷に来てからも、何ら変わっていないのだから。


***



「――……」


 それは時間にして一分。浄瑠璃の鏡は、体感時間を引き延ばす効果も保有する。

 人間一人ひとりを裁くのに、人生の分時間を使うわけにはいかない。要点を抜き出すにしても膨大故、地獄の裁判官たちが求め、追加した機能だった。

 三途の川の音色が、閻魔を現実に引き戻す。目の前にいる一人の男は、神妙な顔で待っていた。


「……閻魔様、俺は旧地獄に行ってもいいのかい?」


 いかにも軽々しい口調で真次が聞く。先ほど鏡に映った男と、同一に見えない軽薄さで。

 恐らく彼は、半分意図的に自分を隠している。人間として歪んた自分を悟られないように。第三者の目線……距離を取っている間は、彼の異常性は極めて発見しにくい。本人も経験から学んだ場面も、浄瑠璃の鏡で明らかになっている。

 改めて、四季映姫は考える。彼は旧地獄で通じるか否か?

 久侘歌は彼を甘いとも告げていたが、全てを見通した後でなら断言できる。

 ――彼は、その時が来れは絶対に間違えない。今までも、これからも、いっそ残酷なほどに西本真次は、医者としての過ちを犯すことが出来ないのだ。

 胸がつまる思いのまま、閻魔は彼に審判を告げる。


「『白』です。あなたの旧地獄行きを許可します」

「うし」

「ですが……一つだけ答えて下さい」


 それは閻魔としてではなく、四季映姫個人としての問い。西本真次の在り方を白と断じた上で、全て見知った上での問いだった。


「あなたは……あなた自身は、辛くないのですか?」


 鬼の目にも涙。地獄に仏。閻魔であろうと慈悲はある。彼は多くを救い続けるが、その実彼の救いはどこにある? 彼が身を置く世界で、一体誰が彼の本性を受け入れられると言うのか。

 表情を変えず、しばらく黙った彼は……答えにならない言葉を返した。


「……それでも、俺は歩き続けるしかない。俺はそれ以外の生き方を知らない。俺が辛いかどうかなんて……誰かを治すには、関係ない」


 ――自分の心すら、人を治すには関係ないと。

 それは本当に機械めいているが、残酷なことに彼は人間だった。

 深い憐憫を込めた嘆息と共に、映姫は悔悟の棒を手にして振るう。指し示した先に、八雲 紫 のスキマのような空間の歪みが生じた。


「地獄奥まで招くのは手間ですので、簡略化しました。ここに飛び込めば、旧地獄の上空に出れるでしょう……どうかあなたに、幸運を」


 最後の言葉は異変に対してか、それとも彼の生についてか。

 真次は――ただ神妙な表情のまま、旧地獄行きの裏口へ飛び込んでいった。



7月13日 17:07 STAGE4 END

よーーーやく、彼のあだ名の伏線回収が出来ました……いや五年以上前に張った伏線覚えてる読者、いる?

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