STAGE 4-21 次なる標的
7月13日 14:00
いくらなんでも、遅すぎる。幽々子と真次が不審に思い、様子を見に行った時には、既に戦いの決着がついていた。
軽食を挟みながら、妖夢から話を聞く。どうやら知らないうちに、怨霊の襲撃を受けていたようだ。それも恐らくは、チルノたちを傷つけた妖刀使いである。
「よく無事だったな……」
妖夢の傷は身体を薄く切られたのと、前髪の風通しが良くなった程度で、大きな負傷はない。『斬った相手に苦痛を与える妖刀』に一度斬られたそうだが、そこは気力で押し返したらしい。
青年は一応包帯を巻いておくが、数日で痕もなくなる程度の怪我だ。残留する悪意も真次の目に映らず、結果を見れば妖夢の完勝と言えよう。
とはいえ、喜んでばかりもいられない。彼女から話を聞くに、次の標的は地底と呼ばれる場所らしい。急ぎ知らせねばと彼は考えたが、幽々子と妖夢に引き留められてしまった。
「ここからでは遠すぎます! 地面の下なんですよ!?」
「だったら黙って見過ごせってのか!?」
「まぁまぁ落ち着きなさい……妖夢、もう一度話してくれる?」
熱くなる二人を、白玉楼の主がなだめる。促されるまま、妖夢は怨霊の話と、現状をまとめた。
曰く、刀使いの怨霊は『村正』一族の者らしい。彼女は去り際、地底に妖刀を持つ誰かがいることを暗示したそうだ。
地底とは、幻想郷の一部なのだが……主に嫌われ者の妖怪が集まっている地域らしい。昔は地獄として機能していた区域のようだが、今は別の場所に地獄は移され、空いた土地に鬼とか土蜘蛛とか、妖怪同士でも距離を置くような……そんな種類の妖怪が集まっているそうだ。
場所は地中深くで、ちょっとした地下都市になっている……と聞いたが、話している幽々子も妖夢も自信なさげな口調である。それもそのはずで、幽々子はこの冥界からあまり遠くへ行けず、妖夢も幽々子の従者なので、異変でなければ遠出しない。彼女たちが噂程度しか知らないのも、当然の距離だった。
「魔理沙がいてくれれば、頼めたが……」
足が速く、異変解決にも積極的な彼女なら、すぐ地底目がけて移動してくれただろう。今から連絡を取るぐらいなら、真次が直接出向いた方が早い。が、それでは敵に先手を取られてしまう。焦りばかりが募っていく中で、突破口を見いだしたのは館の主だった。
「……閻魔の所に行きましょう」
真次は意味をいまいち掴みかねて、妖夢は違和感から顔をしかめた。
「あの世からなら地獄に行ける……ってことか?」
「お待ちください幽々子様! 地底は『旧地獄』と呼ばれた地域ですが……今は閻魔たちは管理していない筈。往けるとしても今の地獄にしか……」
庭師の言葉にうなずいてから、彼女は扇子を広げて囁く。
「順当に考えるならそう。でもね妖夢? 誰だってもしもに備えて、こっそり抜け道を残しておきたいと思わない?」
首を傾げる妖夢と裏腹に、唸っていた真次は顔を上げた。
「非常口として、昔の通路を残してるかもしれねぇ! 緊急の案件が出来た時のために!」
「……しかし、映姫様が許可を出すでしょうか?」
一筋の光明に飛びつく青年。しかし妖夢の表情はまだ明るくなかった。閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥは、地獄の裁判官だけあって非常に厳しく、融通が利かない面がある。異変の影響圏からも遠く、説き伏せるのには難儀しそうだが、館の主は意味深に微笑んだ。
「そこは、紫との会話で鍛えた腹芸で……ね?」
「悪い顔ですね……」
額に手を当て、従者は苦々しく首を振る。その微かな動作で、幽々子は彼女の疲弊を見抜いた。扇子をぱしゃりと閉じて、凛と告げる。
「閻魔の所には私が行くわ。あなたは留守をお願い」
「いえ! 私が……」
「さっきの戦いで疲れてるでしょう? 白玉楼に誰もいないのも不安だわ……お願いよ、妖夢」
「……かしこまりました。謹んで、留守をお預かり致します!」
きりりと背を伸ばし、一礼して妖夢は役目を拝命する。二人の動向を静かに見守っていた真次は、頃合いを見計らって幽々子へ持ちかける。
「俺も幽々子に同行したい」
「……地上に戻らないの?」
「やるべきことは魔理沙に頼んだし……急がないとマズイだろ?」
亡霊少女は視線を宙に泳がせ、どこか遠くを見るような表情だ。考え事が纏まったのか、上げた顔を戻して真次に問う。
「閻魔に会うのは怖くないの? 悪いことしてたら……長くて怖い説教が待ってるわよ」
彼は、何にも恥じることなく胸を張って答えた。
「平気さ。産まれてから今の今まで、地獄行きになる事なんざしてねぇぜ」
「そ。ならついてきて貰おうかしらね」
気兼ねなく答える真次を信用したのか、幽々子は軽い様子で空を見上げる。
彼女の視線が見ている道に、これ以上困難がないことを真次は願った。
7月13日 14:19




