STAGE 4-20 真相の欠片
名刀へ放たれた妖夢の必殺は、まるで吸い込まれるようだった。村正が魂を込めた一振りに炸裂し、寸分の狂いもなく刀だけを断ち切った。
刀身を失った村正を、戦意を失った『村正』が眺める。しばし流れた空白は、鍛冶師の独白にかき消された。
「……見事だ。全く、本当に……」
彼女は憑き物が落ち、妖夢を称賛した時の顔つきに戻っていた。反面、剣士の胸の内にしこりが残る。白楼剣で未練を断てば、幽霊は即座に成仏するのだ。まだこの場所に留まっているのならば、妖夢は村正の迷いを、全ては断ち切れず未練を残したことになる。
未熟。何たる未熟か。胸の内で己を叱責する妖夢。俯く彼女の心象を晴らしたのは、刃を交わした相手の言葉だった。
「全ての剣士が、君のようでいてくれたなら……噂に惑わず、得物に飲まれず、鍛錬を怠らずに……ただ武道の高みを目指してくれたのなら、私は……」
きっと、怨霊にならずに済んだのに。
彼女が紡がなかった言霊は、剣士の胸の内で哀しく響いた。
女々しい泣き言だと、嗤うのはたやすい。けれども、安々と諦めきれぬからこそ……死者は霊として、この世に留まるのだ。
妖夢は笑わず、感情を溜めた瞼を隠し彼女へ答えた。
「無理でしょう……すべての人が、強く在れる訳ではない。全ての人が、高みを目指す訳でもない。だからこそ――私たちのような求道者は、高みを目指す上で妥協を許さないのです。他ならぬ己自身に。己自身のために」
「……嗚呼、そうだ。そう、だったなぁ……」
言うに及ばぬ事柄。上を目指す人種なら語るに及ばず、根幹にある感情だった。憎しみに心を覆われ、怨霊に堕ちて、忘れたはずの情感を受け止める村正。彼女の気配は限りなく幽霊に近づいたが、それでもなお鍛冶師は怨霊のままだった。
――無理もない。妖夢が断ち切れたのは『個人』の怨みで……今回異変を起こし続ける『怨霊集団』の怨みが残留しているのだから。
されど、妖夢の行いは無意味に非ず。鍛冶師は深く悔いた様子で、一つ言葉を落としてた。
「こんなことになるのなら……地底の彼に、刀を渡したのは失敗だった」
唐突な語りは、不協和音の様に脳裏に残る。ここにいない誰か、彼女と関わりのある誰かが『村正』を手に地底へ?
――異変はまだ、終わっていない。今度の標的は旧地獄……地底だと?
彼女はまだ、怨霊だ。異変を起こす敵対者だ。素直に信じるのは馬鹿げている。普通ならそれが順当だが……妖夢は村正の言葉が真実と、確信していた。
「何故です。あなたの仲間に示しがつかないでしょう。それは」
今回の異変は、怨霊集団によるものだと確定している。妖夢に明かした後悔は、怨霊たちにしてみれば裏切りなのではないか? 今だ成仏出来ず漂う鍛冶師は、小さく息を吐いて語る。
「そうだ。それがこの世の道理だ。しかし剣士殿、我らの王は異なるのだよ」
明確な敬意を込めて、報われない怨霊は続ける。
「あのお方は、生前誰よりも弱かった。誰よりも弱者であるが故、あのお方は他人のどんな弱さも受け入れる。どんな醜さも受け入れ、許して下さるのだ。
我らのような『忘れ去られた力持つ怨霊』を『すべての厄災を封じ、しかし必ず封が破れる』呪具へと隔離した、八雲紫の世界とは違って……」
何を言っているのかは、分からない。
けれど、言葉に含まれた呪詛めいた重みが、妖夢の意識をざわつかせた。
その意味を問おうとした刹那、村正は手で静止する。彼女の身体は半透明に透けていき、徐々に足先から消えているではないか。妖夢の動揺を手で制し、刀鍛冶は淡々と語って聞かせる。
「心配するな。あのお方の下へ還るだけ。我々はいくら打ち倒した所で、王が滅びねば蘇る。異変を終わらせたいのなら、あのお方を倒すほかないぞ? 容易ではないだろうが」
そして完全に消える直前、彼女は確かにこう言った。
「もし戦いを続け、真相を求めるのならお覚悟を。あなたは……この世界の過ちを、たった一つの大きな嘘を、知ることになるだろう……」
村正の影が風に消える。切り捨てた妖刀たちも朽ちて消え、後に残るは、いつもの冥界の光景だった……
今回のコレは異変の根です。もし明かされる時まで、この作品に付き合って下さるのでしたら……その回の後ここに来て下されば、意味が分かると思います。




