STAGE 4-19 ―――断ち切る
まーた長いよ! 区切りたかったけど、区切れませんでした……
「名刀『村正』ァァァッ!」
波打つような独特の刃紋と、見るからに「切れる」造形の脇差が、その手に握られる。
何たることか! かつて妖刀と騒がれた、有名過ぎる一族の名ではないか。幻想入りする理由が見当たらない相手だが……妖夢は噂と、彼ら一族の実情の差に愕然とした。
彼らは、妖刀を作ったつもりは無かった。偶然と噂が、彼らの『名刀』を『妖刀』へ変えてしまった。
天下の将軍家……徳川家に仇名すとされたその刀は、悉くその銘を潰され、中には密かに蒐集していたがために、取り潰しの憂き目にあった大名もいると言う。恐らく将軍家の圧力は、村正の一族にも及んだに違いない。
怨んで当然だ。最初のころ妖夢に渦巻いていた怒りは影もなく、むしろ大いに彼女に同情さえしていた。鍛練の成果を卑しい目で見られ、それに負けじと実直に「心・技・体」を磨いても、理解を得られずに……それ以上の求道を、より優れた刀を打つ機会を奪われたのだ。
(高みを目指そうとする志を絶たれた上、その理由が不当では、未練も恨みも残して当然です……)
この村正が恨みの矛先を向けるとすれば、真っ先に思い浮かぶのは徳川家だ。彼女は最初この場へきた時、鬼籍を寄越せと咆えていた。恐らく――幻想入りしてきた徳川の血筋、つまり忘れ去られた隠し子がいないかを、確かめに来たのだろう。
いちいち目を通していないから、この世界に居るかどうか妖夢にはわからない。そもそも手掛かりにしても、あまりに薄すぎる線だ。
それでも……彼女の嘆きを知った庭師は、村正の怨みを否定は出来ない。黙って無言で、無念を抱えたままあの世に行けと、誰かに告げられたとしても……素直に受け入れられるはずもない。これほどの刀を作れる技術があるのなら、尚更のことである。
――『名刀』と宣言しただけあって、今の村正が握る刀は、妖夢が今まで目にしたことのある刀の中でも、五本の指に入る業物。刃先が髪に掠めただけで、はらりと切断されてしまった。呪いの効果を恐れた妖夢だが、特に身体を襲う異常は何もなかった。
ああ。と、剣士は自ずと理解できた。一族の銘を『妖刀の鍛冶師』ではなく『稀代の名工の一族』として、受け入れてほしかった……そんな願望が形になった一枚なのだろう。だから……あの刀には、妖刀らしい効果はついていない。いや、怨霊に身を落としてなお、一族の銘を背負う最高の刀には……呪いを付与させたくなかったのだ。
(一番『呪い』の被害を被ったのは、他ならぬ『村正』の銘柄だったのかもしれません)
本当に悪いのは、一体誰なのだろうか。
彼ら一族は世間に目を向けるべきだったか? もちろん、それは理屈の一つだと思う。作製した武具の出来栄えで汚名を返上することにこだわらず、人々の感性にあった応対をすれば、別の可能性や未来もあり得たのだろう。
だが同時に、職人と呼ばれる人種にとって、ソレは酷く煩わしい。常識への理解、感心をあえて削ぐことで、到達し得る領域があるのも真実だ。一つの極限、一つの極地とは、おおよそ常識外の領域にまで事柄を極めること……その場所に至るには、常識が枷となることも少なくない。
その結果が、これだ。精魂込めて練り上げた刀は妖刀と目され、将軍家と人々のあらぬ噂に翻弄され、一族の実情と無念は忘れ去られて、幻想郷へ……怨霊となってこの世界に残った。
「あああぁああああっ!!」
唸りをあげて、全身を傷だらけにして、それでも村正は刀を振り続ける。いくら泣き喚いて、恨みのままに刃をぶつけても、臓腑を焼く憎しみは消えはしない。でも、それ以外に彼女は、苦痛を和らげる方法を知らないのだ。
――村正の哀しみを知った妖夢は、両手に力を込める。
狙いは『名刀』。あのスペルカードは、村正の未練が形を成した業物だ。白楼剣で迷いを断ち切るには、彼女本人ではなく、未練の塊である刀を切り落とせば良い。
鍛え上げた『村正』を切断するのは、容易ではない。心血を注いで精練されたその刀は、既に何度かの打ち合いで、抜群の強度を誇ることを、妖夢は肌で理解している。
それがどうした? 斬ればいいのだ。妖夢の技量で。
鍛え上げた刀を、鍛え上げた剣士の業で断つ。でなければ……村正の無念を断ち切ることは出来はしない。誰かが引導を渡さねば、彼女は永遠に止まれないだろうから。
――せめて、安らかに。一握りの祈りと、妖夢の全身全霊を込めて、白楼剣と楼観剣を大きく振りかぶる。剣士の意志を込めた必殺を、声高に叫んで叩きつけた!
「断迷剣――『迷津慈航斬』っ!!」
咄嗟に刃を寝かせ、妖夢の一撃を怨霊は受け止める。流石と言うべきだろう、刀は一瞬で砕け散りはしなかった。傑作の『村正』は、安々と破損する作りの筈がない。
二刀と『村正』が、チリチリと火花を上げてぶつかり合う。作る側と使う側の対立は、しかし長くは続かなかった。
ぐん、と怨霊が膝を折った。純粋な力比べになれば、どうしても鍛冶師は剣士に劣る。それでも刀は放さないのは……執念か、あるいは矜持か。諦めきれない怨霊は、己の刀と命運を共にすることさえ、いとわない。
鍛冶師の覚悟を、妖夢は確かに受け取った。その上で――刀だけを、切断する。
腰を入れ、腕を引き、刃先を滑らせ気迫を込める。幾度かの衝突で、名刀に生じた小さな歪みに白楼剣が滑り込み、怨霊の村正が瞳を見開いた刹那……絶たれた刀身が、天高く宙を舞った。
スペカ解説
名刀「村正」
かつて、江戸を騒がせたとある鍛冶師一族の逸品。妖夢は「特殊な効果がない」と判断していましたが、実は違う。
対峙した相手の、「村正」に対するイメージ……つまり妖刀に対する興味や恐怖を抱いていると、それを吸って効果が変化するスペルカード。幸い妖夢は剣戟で一族の実情を知ったので、「特上の業物」の刀と化しましたが、これが真次君だった場合、現代のゲームや風潮での「村正」イメージを吸ってしまい、割と手が付けられなかった可能性大。
人物像解説
村正一族はどうも、最初から妖刀を作っていたわけではなさそうです。三河付近を拠点に、純粋な名工として、武士たちに好まれたそうな。徳川に仇名すともありますが、家康の領土と被っているので、周辺の武士たちがこぞって使っていて、接触回数が多かっただけではないか? との説もありますね……
江戸時代から妖刀伝説の噂が広がっていますが、噂を極端に規制していなかったりするので、将軍家が意図的に放置して、ガス抜きしてた側面もあるのかも。ただ、江戸末期で討幕の流れになった時、村正の需要が出来たらしいです。
天下の幕府に仇名す刀だから……ってゲン担ぎのようですが、ここの村正が聞いたら「身勝手だ!」ってキレそうな案件です。西郷隆盛も、一本保有していたって話を聞いたことあります。……贋作掴まされたって説もあるらしいですが、真偽はちょっと特定できませんでした。すいません。




