STAGE 3・5-5 奇跡で割れた、海が朽ちる
スペルカードの効果時間が切れると、西本 真也 の気配がはっきりする。
先程使用した「痛符『ペインメモリーズ』」は、分身体を行使するスペルカードではない。そんなことは宣言するまでもなく運用できる。
本当の効果は『すべて怨霊たちの技能を、西本真也が扱えるようになる』だ。
闘争の果てに、宿敵を倒せず果てた拳士や……優れた建築技術の成果を親方に掠めとられ、飢えて死んだ永遠の見習い大工など、彼の中には膨大な量の怨霊が共に在る。
忘れ去られた恨みたち。彼らの人生の経験が織りなすデータバンクから、任意の技を好きなだけ抜き出して使うスペルカードなのだ。
「……見事に釣られたようだ。このような使い道は、思いつかなかった」
「不意打ちで吸血鬼を殺すために編み出したのだろう? その上憎しみに駆られていては、それも当然だ『銀杭』……だが恥じることはない。我々の役に立ったのだからな」
今回用いたのは、元吸血鬼ハンターの怨霊『銀杭』の技である。
気配を消すのではなく、別の物質や人物に気配を移す技だ。スペルカードの発動と同時に、西本真次の気配を『生贄』に移し、その後派手な弾幕で彼女に注目を集める。その隙に妖怪の山奥地へ、まんまと侵入して見せたのだ。
身の上話で気を引けと指示してなかったが、恐らく直前の鍵山 雛 の言動が気に障ったのだろう。真也の隣で飛ぶ『銀杭』も同意見のようだ。
「あの厄神、我々に恨みを流せなど……我らの事情を知らず、よくも偉そうに」
「然りだ。幻想郷で安穏と暮らす輩に、我々と対話する資格はない。仮にいるとすれば、利益に依らず幻想郷と敵対し得る思想の持ち主だが……まぁ八雲があらかた始末しているだろうな。取るに足らない雑魚だからと、捨て置かれている可能性もあるが」
「期待はできないな。……さて、我らが王よ。これまでの反応を見るに妖怪の山は『当たり』か?」
「判断しかねる。現状『ハズレ』と断ずることもできない。もう少し奥地まで攻め込んで様子を見よう……次の相手が来たようだからな」
殺気を感じ取った『銀杭』は、襲来した弾幕を苦も無く避ける。真也も同様で、悠々と攻撃を避けてから敵を見やった。
緑髪の若い巫女服の娘が、彼らの前に立ちふさがる。
「そこまでです! これ以上はこの『東風谷 早苗』が許しま――」
「「黙れ」」
「わわっ!?」
堂々と名乗りを上げた少女へ、容赦なく弾幕を張る怨霊。おっかなびっくりとはいえ、早苗はきっちり避け切って見せた。
できる相手と判断を下し、悪霊の長は弾幕の密度を上げていく。巫女は臆することなく立ち向かい、懐に飛び込んでスペルカードを切った。
「開海『モーゼの奇跡』」
両脇に唸る海鳴りと、怨霊目がけて大量の弾幕が殺到する。異変解決に動くこともある早苗の攻撃は、多くの妖怪にとって脅威になる。なのに――男は自分から割れた海の方へ飛び込んだ。
明らかな自爆。自ら敗北に向かう怨霊が、弾幕の海に触れて呪詛を吐く。
「無残『枯れて朽ちろアラルの海よ』」
被弾するはずなのに、全く傷を負っていない男。異変は彼周辺の弾幕にある。割れた海の一部が、すさまじい勢いで干上がっていた。
絶句する早苗。さらに驚愕が連続する。消えていく範囲が次々と、まるで病魔に蝕まれるかの様に広がっていく。おまけに、干上がった海から大量の塩と……何かおぞましい病魔の素を含む、黒い霧状の毒々しい弾幕が広がって襲い掛かった。
瞳を大きく開き、呪いに変質した自身のスペルカードを眺める早苗。
しかし彼女が動揺していたのは、そのことではなかったのだ。




