幕章 怨霊の長はかく語る 1
報告を聞こうか『無銘』
……『火刑の聖女』が敗れたか。存外早かったな。
怨霊の本質は恨みだ。命じたところで、理性的に振る舞うには限度がある。恨みが深ければ深いほど、己を焦がすモノだろう? そのうち、自己の憎悪に焼かれるのは目に見えていたが、あれほどの悪意、止めるのも無粋だろうさ。
私の憎悪を訊ねるのか? なるほど、確かに私も怨霊だ。気になるのも無理はない。では思念で伝達を――
……あえて口答を望むのか。それはまた、酔狂な。
だが目的地まで距離も時間もある。戯れとしては、それも一興か。
では、退屈しのぎに私の話をしよう。
実に下らない……本当に下らない生き方を、天の意に宿命づけられた、私の話を。
私は、双子として生まれた。ああ、所謂一卵性の双子だ。だから弟は、その身体つきだけは、完璧に私と同一の男だった。
だがそれ以外は、いっそ絶望的とまで呼べるほど、愚弟と私は違っていたのだ。
いや違うな。私はいっそ絶望的なまでに、人と違っていたのだろう。
ある日私の母が訊ねた。「どうしてあなたは悪い子なの?」と
私はこう答えた。「みんな、生まれた時から悪い子だよ?」と
震えながら、母は問うた。「どうしてそんな、酷いことを言うの!?」と
私は首を傾げて答えた。「酷くない物なんてないよ?」と
私にとって、このことは明々白々なことだった。
様々なおとぎ話。神様の話。世界の話。身近な話。一つ一つ知るたびに、核心は補強されてった。
それは『この世界が一番下なのだ』という常識。
人は罰がなければ堕落する。だから法を作り、神を創り、己を縛る。
地獄という、死後に罰を受ける世界を想像したのもその一つ。私は、これをおかしいと思った。
――なぜ『神様は地獄を明白にしなかったのだろう』と。
死んだ後、報われるか、報われないのか、曖昧故に人は迷う。
これを防ぐ方法は簡単だ。地獄を人の想像に委ねるのではなく、神の手によって明白にすれば良い。死後の楽園は胡散臭くとも、死後の奈落なら人は信じられるだろう?
悪い生き方を重ねれば、人は必ず地獄に落ちる。たったそれだけを自明の理とすれば、それだけで人は己の生き方を戒められるではないか。ならば、なぜそれを神はしなかったのか? 答えは、輪廻転生の発想の中にあった。
すべての生き物は、死んだ後に、別の生命として生き返るという発想だ。これではっきりと私は確信した。
『人間が今、現代だと思っている世界。ここが、神々にとっての地獄なのだと』
――本当に、解いてしまえば実に簡単なことだったのさ。
現代が地獄なら……輪廻転生が起こるのは刑期を終えていない魂に、別の生命で『生きて苦しめ』と申し付けているだけだったのさ。地獄が明白でない理由は、ここより下層の世界がないからだ。無いモノは、示せない。
この現世こそが、真なる地獄。この世界で生きることほど、苦しいことなどありはしないよ。
『生きることは罪なのか?』その発想は根本から間違っている。『生きることは罰である』
すべての生命は、自分の意志で生まれてくることが出来ない。
それはつまり『無理やりこの世界に、生まれて来させられている』ということ。
罪があるから現世に生まれ、底で生きると言う罰を課せられている。
おお、見よ! この世に生きるすべての生命は、一人残らず悪性にして罪人なのである!
めでたい祝辞より悲嘆に興奮し、成功の影で失態を願う。
慈悲の蜜で人を誘い、干からびるまで吸い尽す。
禁忌背徳を糾弾しながら、それに惹かれずにはいられない――
悪人罪人詰め込めば、神が管理するまでもない。好き勝手に己の身を食いあう泥沼が、自ずと刑罰となるだろう。
こんなこと子供でも分かる事さ。学ぶまでもなく明白なことさ。
ああ、私がまずかったのは、これが当たり前で常識だったと思い込んだことだ。
当然だが糾弾されたよ。それが増々、この考えを強固にした。子供特有の残酷さを、私は一身に受け止めたからな。
ついでに言うなら、どいつもこいつも私を責める時、ずいぶんと愉しそうな顔をして笑っていたよ。幼少が冷酷なら、それが育ったところで、冷酷な生き物なのは当然さ。私を拒絶し否定すればするほど、自分たちの行いで、私の考えを彼らは補強していったことに気づかなかったらしい。
ふふ、もちろん彼らも憎いとも。彼らを含めて憎いとも。
――私の怒りと恨みの矛先は『すべて』だ。
地獄に生まれた私が許せない。それを認めない他者も許せない。
現代にある、ありとあらゆる人の行いが、一つ残らず許せない。現代が存在していることにさえ、私は我慢ならなかったんだ。いや、下手をしたら……銀河の果てさえも私は許せないのかもしれないな? ともかく、現代のすべてがきれいさっぱりなくなってしまえばいいと、心の底から願っていたのさ。
これが、私が怨霊になった恨みの根源だよ。どうだい、実に幼稚で途方もないものだろう?
――何故頷いているのだ『無銘』
いやいやいや、何故私の話を聴き入るのだ。そこは呆れ果てて、そっぽを向いて去る所だと思うのだが。
……むぅ、聞き耳を立てている同朋諸君の気配もあるな。こんな話、聞いてて面白みがあるのかね?
まぁ良い。近くに寄り給えよ、興味津々の同朋諸君。
興が乗ってきた。こちらに来てから、私から見た我々の話もしようじゃないか……




