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STAGE 3-41 乙女が抱いた絶望

今回わかりにくい箇所が出てしまったので、後書きにて軽く解説いたします。

7月9日 16:00



 すべては、悲鳴から始まった。

 ある日、初めて『能力』が――『未来の音を聞く程度の能力』――が行使された時、ドンレミ村の少女が耳にしたのは、一人残らず村人が蹂躙され、その際に生じる怒号と悲鳴と炎の唸り声だった。

 戦乱が長引き、村が敵の兵士に襲撃されることは珍しいことではない。しかし、この村に限った話ではないが、遠いどこかでの出来事としか捉えられず、ときたま不安に思うものの、自分たちだけは大丈夫だと根拠なく思い込んでいた。

 少女はすぐ、人々に訴えることを考えた。

 だが『能力』が告げたのは、残酷な現実。少女一人の言葉を信じる人はおらず、両親もやんわりと否定するだけで……後々訪れる未来を変えることはできなかった。

 自分ひとりだけならばいつでも逃げることはできる。しかし彼女は慈悲深い修道女だから、どうしても見捨てる選択を選べなかった。

 何度も何度も『能力』を用いて未来を聞き、訪れる破滅を避けれないかを探し求めた。

 そしてついに――たった一つだけ、人々を救う方法にたどり着いた。

 自らの『能力』で得た知見を『天のお告げ』と偽って、この国と人々を導く道――それだけが唯一無二の方策であると。

 神の御使いを見たと嘯き、数々の疑念を己の『能力』を用いて説き伏せていった。卑怯や非道とされる行為も、神からの啓示と訴えれば容認される。神の意思を騙る行為を大罪と感じながらも、しかしすべては少女の、善意からの行動だった。

 だが……ある日彼女は気が付いてしまった。

 もしこのまま、自分が勝ち続けてたのならば、今度は少女を中心に戦乱が広がっていく未来が聞こえたのだ。

 避ける方法は一つ。己の身を敵国に差し出すほかない。

 本国からの助けはなく、見捨てられることを理解していた。

 深く未来を聞きつけ、末期にどのような仕打ちを受けるかも知っていた。

 それでも――自分の蒔いた種だ。これはきっと、神を騙った己への報いなのだろうと……すべてを覚悟の上で、彼女は破滅へと歩んでいった。自身の死後を主へと委ねて。

 ――死後、霊として彷徨っている自己を認識したジャンヌは、神に感謝した。

 火刑を受ければ魂が消えてなくなると信じていた少女は、これこそが神の慈悲だと思えた。神の言葉を騙った罰として死後の楽園には赴けないが、変わりに世界の行く末を見守ることを赦してくれたのだと。

 ……そう思えていた時期は、長く続きはしなかった。

 人は、何も変わりはしなかった。

 教会も、貴族も、そして人々も――自分が居なくても、利権を巡って、迷信に踊らされ、あるいは憎悪に捉われて――争いは絶えず、人の悪意に底はなく、そして過ちが正されることの方が稀なのだと知った。

 幽霊として彷徨う身には、肉体を持つ者たちの欺瞞に意味はなく、その眼に映る真実は、どこまでも醜悪な人の業そのものだった。

 密告された『魔女』が、別の『魔女』を告発し、『魔女』が『魔女』を生み出し続ける暗黒の中世。

 島を渡り他者の言い分に耳を貸さず、自分たちの倫理を振りかざし土地を己の物とする傲岸。

 権威を傘に天動説を押し通し。

 出来る範疇で善意を施してきた王妃を、子供時代の戯言を真に受け処刑し。

 真実と向き合わず、煽られた感情任せに民衆は愚鈍に踊り続ける。

 どうして。

 どうしてわたしは――

 コンナ生キ物ヲ救ッテシマッタノダロウ?

 誰かのために、多くの人の悲鳴を止めるために、罪を抱いて前へ歩いたのに。

 振り向けば私の後ろには、守るべき人間などいなかったではないか。

 そもそも幽霊になった時、真っ先に気づくべきだった。

 炎で魂が消失しないのだから、

 あの教えそのものが、嘘だったのだと。

 

「神の教え? なんだそれは。そもそも人間は、人々が思うほど上等な生き物なのか?」


 ――ジャンヌ・ダルクは、生前紛れもなく聖女だった。

 彼女を怨霊たらしめたのは、死んだのちに霊となって、世界を俯瞰で眺めてしまったから。


 ドウシテ?

 

 真っ暗なしゃれこうべが、神子の内側に問いかける。


 ドウシテ?


 瞳のない眼窩が――仏教を利用しておきながら、影で別の宗教の高みに上った道士を責め立てる。


 ユルサレナイ


 彼女にとって……豊聡耳 神子 のような宗教を政治に利用する人間は、最も忌むべき人種だった。

 神子は、すべて理解し、聞きとめた。

 ――何も慰める言葉が出なかった。

 人間そんなものだと、割り切るのが利口だったにしても

 割りきれずに足掻いた結果がこれでは、あまりにも虚しい。

 神子は目を逸らすことも、逃げることも出来ずに、彼女の絶望と向き合い続け――



 7月9日 16:00

 火刑について。

 恐らく、日本に住んでいる方の感覚だと「苦しい死に方だから」あるいは「残酷な見せしめになるかか」という見方になると思います。

 もちろん、その側面があることは確かです。が、キリスト教の……宗教的な理由が含まれているのを表現しないと「魔女は火あぶり」に至る経緯を完全に理解するのは難しいと思います。

 ものすごく大雑把になりますが……キリスト教には「死後の救済」の考え方があります。その際死者の魂が復活する(あるいは救済される? ちょっと作者も理解しきれてないです。すいません)のですが、体を火で焼かれていると、この救済を受けられないとの考え方が、伝統的にあるそうです。

 早い話「火刑を受けると死んだ後にも救われない(あるいは、魂が消えてなくなってしまう)」のです。魔女を火あぶりにするのは、邪悪な存在を炎で焼くことで復活できないようにする……そのような発想が含まれています。(ちょっと話が逸れますが、ヨーロッパ圏に火葬が少ない理由にも関わっていそうですね)

 なので「火刑を受けた後、幽霊として彷徨っている」は、キリスト教の考え方では……少なくとも幽霊になった人の視点からでは、教義がかなり危うくなります。この世界のジャンヌは、意識が残ったことを神の慈悲と思いたかったようですが……

 これ以上の解説は無粋になりそうなのでやめときましょう。これより深く知るのは、読者様の判断でお願いします。暗黒の中世周りは、悪性の泥沼ですので調べる時は気をつけて。

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