STAGE 3-39 怨霊の天啓
7月9日 15:31
ただの一歩視点を引くだけで、物事は大きく形質を変えて視えることもある。戦域から距離をとった真次は、今まさにそれを実感していた。
戦闘を繰り広げる四人の姿は真剣そのもの。かつて自分もその場所にいた彼は、遠目で眺めているうちに、その争いが演出されたもののように思えてきたのだ。
あるいは、迫真の演技で繰り広げられる八百長だろうか? あらかじめ手の内が読み切っているかのような敵の動きに、三人の道士は意のままに操られてるようにも見えなくない。
けれどもそれは、あり得ないと真次は確信している。布都が弟子を助けられなかったと知って一瞬見せた悔恨。今までの異変に共通している『怨霊』の敵対者……結果として戦局を握られているだけで、道士三人が『ジャンヌ』の敵なのは疑いようがない。
ならば、なぜ? 耳を押さえる『ジャンヌ』の所作を眺めた真次は、彼女の逸話を思い出した。
曰く、彼女は天のお告げが聞こえるらしい。
それによって取るべき戦型を聞き、当時は卑怯ともされた戦術を行使し連戦連勝。他にも王族が彼女と謁見の場を設けた時の話だ。彼女が嘘つきだと暴くため、偽物を用意し自らは一般貴族に化けたのだが、彼女は本物の王族を見つけ出し頭を垂れた。この出来事によって逆に、彼はジャンヌを本物と確信したという。
けれどもこの天啓は、戦局が安定してからは聞こえなくなったらしい。しばらくして戦局が政局に移り変わり、彼女のカリスマ性を恐れた人間たちが、彼女を魔女として認定するよう仕組み、その後火あぶりに処されたのは、現代人ならば知っているだろう。
あまりにむごい仕打ちをした人々を、あるいは己を見捨てた神を呪って、化けて出てくる創作話は、真次にも覚えがあるほど有名だ。彼女もまた幻想入りするような人物ではないはずだが……
(……待て、おかしくないか?)
何が、かは即座に判別しかねた。彼女が怨霊化するのは納得できる。能力も、そういう逸話だから――そこまで考えて、違和感の正体がようやく形になった。神を呪った姿として怨霊になっているのに、どうして今も神様のお告げが聞こえるのか?
(本当は天啓じゃなくて……音に関連した予測の能力だったとしたら?)
彼女の『天啓』は、『てんかん』――脳の病気の一種――だったのではないか? との説がある。アメリカの同僚が『ジャンヌ』を良く知っていて、何かの雑談で話していたのを真次は思い出せた。それすらも誤りで、本当は何らかの能力者である可能性……幻想郷を目の当たりにした今なら『ジャンヌ』が超常の力を保持していたとしても理解できた。
確かめるには、音のない弾幕――真次の手持ちには該当するスペカがある。『フレアニンバス』だ。長距離飛翔、長時間炸裂するように調整し、個数を絞って放つ。
怨霊が耳元を押さえる。険しい視線が真次に刺さった。道士たちをすり抜け『ジャンヌ』周辺で、無音の脅威がいくつも爆ぜる。敵が体制を崩したところに布都と太子様が仕掛けたから、先ほど睨まれた最後の一人を呼び止めようとして――やめた。
少なくても、音に関する能力なのは間違いない。迂闊に声を上げれば能力で『聞かれて』しまう恐れがあった。少々強引に彼女を引き留めると、今にも大声で怒鳴りそうな剣幕で睨まれる。真次は手早く核心から切り出した。
「彼女の能力は、音に関する能力だ。精確なところは、分からないがな」
「……!」
「大声出すなよ。能力の方で聞かれちまうかもしれない」
目を見開いた彼女に、真次の知っている『ジャンヌ』のことを小声で説明していく。
時折太子様を気にしながらだが、彼女は最後まで外来人の話を耳に入れてくれた。
「……どう思う?」
「太子様も、思い当たる節があるそうだ」
「え? なんで太子様の名前が出てくるんだよ」
当然、二人の対話が聞こえる距離ではない。何より今も弾幕戦を続けているのだが、彼女はどこか誇らしげに答えた。
「フン、我らと太子様は同朋だ。思念の伝達など朝飯前よ」
「……弾幕戦しながら話できるのすげーな」
「太子様故である。それと、一つ太子様から貴様に伝言だ」
「何だ?」
鋭く切り込む目線で、彼女は問うた。
「『真次、大きな音を出せるスペルカードはあるか?』」
7月9日 15:46
作中にちょっと出た病気の『てんかん』ですが、脳にまつわる異常の病気のようです。いきなり意識を失う、手足か痙攣する、ボーツとして周りの呼びかけに答えられなくなるなどの症状が発作的に起こるようですが……ジャンヌのみならず、偉人の中にはこの病気だったと言われる人物もいるようです。真相は分からないですがね




