STAGE 3-37 『救国の魔女』
隠す気のないサブタイトル
7月9日 15:15
「二人は先に合流を頼む。アイツは俺が足止めすっから、隙が出来たら三人で叩いてくれ」
「お前が一人で? 太子様が一人で押し切れぬ相手だぞ?」
「ああ、だから長くは持たない。なるべく早く決着をつけてくれよ?」
「……いい度胸だなお前」
先程と同じ言葉を、違う意味で屠自古は発した。先程まで見ず知らずだった相手に、命運を託す行為を聞いて、彼女は不適に笑っている。真次としても単独で戦うリスクはあるが、この手なら一気に押し切る好機を作れるだろう。
「ならば、この船で分断するとしよう。真次、武運を祈る!」
「お互いにな!」
交わした言葉を合図に、道士二人は左舷に、真次は右舷に駆けだした。船を止めると同時に三人は飛び降り、彼女らは合流し、真次は敵と対峙する。
彼の顔を見つめた怨霊が、息をのんだ。予定外の遭遇に心を乱したように。また、向き合う真次にとっても、彼女は想像外の相手であった。
いや、全く考えていなかったわけではない。出来れば違ってほしいと……心の片隅で思っていたから、あまり意識はしていなかっただけだ。
「……アンタがそういう姿になってんの、珍しいことじゃねぇけどさぁ」
若い女性で、軍旗を振りかざし、怨みを抱いてなおカリスマを保持する女性。
結果として長く続いた戦争を終わらせたにも関わらず、報いられることもなく断罪された『救国の魔女』の英雄譚と悲劇は、魔術や伝説に疎い真次でもよく知っている。
「この目で見たくはなかったよ。『ジャンヌ・ダルク』」
「黙れ。知ったような口をきくな」
言葉と共に、弾幕が鋭く真次の耳元を通り過ぎた。一瞬彼は銃器を向けるのを躊躇ったが、これだけ被害を出した相手は放置できない。何よりあの三人は、彼女を見逃すことはないだろう。やるしか、ないのだ。腹を括れと己に喝を入れて、彼は引き金を絞る。
直前、耳を押さえたようにも見えた怨霊だが、隙を晒したのではなかった。悠々と射線から逃れ、反撃の弾幕が真次を襲う。以前戦った『メンデル』より激しい攻撃が殺到し、距離を取るので精いっぱいだった。
(そうだった。彼女は軍属だったな……!)
後方の隊とはいえ、彼女は矢傷を負った事もある。所詮ごっこ遊びの延長ではなく、本物の戦地での経験があるのだ。怨念に満ちた弾幕は激しく、真次を劣勢に追い込んでいく……
しかし真次の判断も素早かった。実力差を理解した彼は、手早く『スモークランチャー』を発動。真正面からの撃ちあいを避け、相手の攻撃をやり過ごすことに徹した。時間さえ稼げば、後は三人が何とかしてくれる。無理に自分が倒しに行く必要はないと、冷静に行動していた。彼女がこのスペルカードを使うまでは。
「慧眼『聖女の看破』」
宣言した直後は、目立った弾幕自体の変化はなかった。ただ、煙越しでも精確に『ジャンヌ』の攻撃が飛んでくる。位置を変え、青年が射撃をやめても狙い撃ちにされてしまう。
そうだ。と、真次は命連寺での話を思い出した。封獣ぬえを手当てした時、彼女は簡単には正体を悟られない妖怪だと言っていた。なのに、敵の怨霊にはあっさり見破られたとも。その時にスペルカードを宣言したとも聞いている。
(煙幕にも効果アリかよ!? 隠そうとするとバレるのか!?)
こうなってしまうと、真次の煙幕は完全に裏目に出ていた。敵からは見えるのに、彼の側からは視界不良で狙いが定まらない。舌打ちと共に、今度は『ワープ&シュート』を用いて、上空へ逃げ出した。
「逃げ回るのだけは一流だな! 人間!」
「うるせー! これでも俺は必死なんだよ!」
「なら楽にしてやる!」
「うおっ!?」
叫び声と共に、腰にさしていたレイピアが閃いた。咄嗟に身体をひねって避けたが、間合いを離すことが出来ない。続けざまに彼女の体術が真次を襲うも、彼の動きは鈍かった。
体力こそあるが、真次に格闘戦の経験はなく、攻撃も銃器を用いた弾幕が主体のため……彼は近接戦闘は不得手だ。一応、接近択として『ファイアーワークス』があるが、続けざまに蹴りや剣撃を仕掛けられてしまえば、悠長に銃を構えていられない。
(やばいやばいやばい!)
冷や汗が止まらない。徐々に捌ききれなくなっている。頬には切り傷、身体の何か所には打撃を受けた。このままでは押し切られる、真次がそう思った寸前で、敵は大きく飛び退いていく。疑問に思ったが、それはすぐに明らかになった。
「大丈夫ですか!?」
回り込まずやってきた三人が弾幕を放ち、傷を負った真次をかばう。
なぜ作戦を変えたのか真次に知る由もないが、彼が窮地を脱したことは確かだった。
7月9日 15:26
はい、まぁ彼女だってわかりますよね。
ただ……理由はちょっと変化球ですのでご安心を(?)




