¥10 〜じゅうえん〜
注意)ちょっとだけ、本当にちょっとだけえっちいです。苦手な人はご遠慮下さいな。
「ここにもない……」
「あそこにもなかった……」
その昭和五十七年製造十円硬貨は、すっとずっと探し続けていた……。
……真実の愛を……
「ちっ、ここにもない……」
北海道……沖縄……東京ビッグサイト……
金は世間の回りもの、日本のいたる場所を巡り巡ってさ迷いながら、二十六年にも渡る孤独な旅は続く……。
孤独な旅の途中、彼は各地で並の十円とは思えぬ数々の伝説を築きあげてきた。
バブル時代、そう、彼がまだ輝く赤銅色のボディであった頃、インフレで威張り散らす福沢諭吉共の魔の手からうら若き百円玉達を守った話は、大阪ジュンク堂難波店一階右から三番目のレジにて今も語り継がれる大伝説である。
彼の無敵の鋼のボディ(いや銅だけど)には、なにかとてつもないパワーが秘められているんだと、NASAが極秘の研究結果を大統領に提出した。
因みにもしも彼が資本主義でなければ、冷戦はソビエトが勝利したであろうさえと言われている。
しかし、そんな事は露も知らず、十円は真実の愛を探し続けている……
……昔も……今も……
回り回って……巡り巡って……
その輝く赤銅のボディが手垢に汚れ、酸化し、きちゃなくくすんだ茶色になっても……
ただ、ひとつだけ……真実の愛を……探して
その夜も、彼は旅に疲れた身を仮宿に寄せていた。
彼が今回身を寄せたのは、ネオン煌めく夜のお店のレジであった。
いかがわしいお店であった。
まあ……その……つまり…女の子が……男の人のうまい棒を……あれこれ……気持いい……するお店であった。
店では、己の春を売る娘達がせっせと男達のナニをアレコレしていた。
その中のひときわ美しい娘が、ふと彼の目に止まった。
…………一目惚れ……
彼はレジの隙間から彼女を見続けた。
彼女の美しく憂いに満ちた瞳を見ると、彼の心はかつて感じた事もないくらいにドッキンコドッキンコと高鳴るのであった。
娘はハゲ親父に小突かれ罵られながらも潤んだ唇を震わせて必死に働いていた。
ああ、もしかしたら、これこそが探し求めた真実の愛かもしれない……。
ぱしん、とハゲ親父が娘の頭をはたいた。
彼の銅95%亜鉛4%のボディがカッ怒りに赤くなった。
レジから飛び出すやいなや彼は弾丸の如き閃光でハゲ親父をコテンパンにぶちのめした。
「大丈夫でやんすか、お嬢さん……」
十円は優しく娘に声をかけた。
「ああ、こんな私に優しくしてくれるのは誰ですの……?」
娘が顎を上げ、目が会った瞬間……電撃が走り抜けた。
二人はたっぷり呼吸を止めて三分間、真剣な目をして見つめあった。
二人は一瞬にして確信した。これが究極にして永遠で真実の愛であることを……。理屈では無い。魂で、本能で、勘で悟ったのである…………。
目と目が合う、手と手が触れる…………そして、あとは、めくるめく……
その夜、二人は熱く熱く熱く熱熱く熱く愛しあった。
二人の鋼も溶けるほどの愛は熱く熱く燃え上がり、地球温暖化が著しく加速したそうな。
しかし二人の愛の前には京都議定書も皆目無力であった。
A−CHI−CHI−A−CHI−燃えてるんだろうか。
ああ、抱いて抱いて抱いてセニョリータ!!
フン! フン! フン! フン!フン! フン!
ああ、これこそが、真実の愛!! 真実の愛なのかぁあっアっ、アーッ!
……一体、十円硬貨と女体の神秘が如何なる様にして熱い情愛を交したのか……?
いや……よそう、それはとても此処には書けない……。
知ろうとするのは野暮というものである!!
お嬢さん……もう、こんな、汚れた仕事は辞めなせぇ。」
「あぁ……。私だって、こんな事はしたくないわ。でも私はとっても貧乏で、今日のごはんを食べるお金も無いの。お腹が減ってお腹が減ってもうナニか口に入れずには。」
「ああ、だからって君があんなハゲ親父の腐ったバナナを口に入れる事は無いんだ!! さあ、お腹が減ったなら俺の体で何か美味しいものを買っておたべ。」
「ああ、なんて優しいお方なの……。でも、十円で買える美味しいものなんてきっと無いわ……。」
「困ったな……、いや待てよ、そうだ、うまい棒だ……!! うまい棒がある!! あれは十円でその上とってもデリーシャスだ!!」
「まあ、素敵!! 」
二人はまだホッコリ温かい下半身を抱えて早速最寄りのコンビニへと向かった。
「ああ、うまい棒。なんて美味しそうなの! 私、明太子味がいいわ。」
彼女は紫色に光沢を放つソレを右手でそっとくるみ込み、左手に十円を握りしめるとレジへと向かった。
しかし、その瞬間、彼女は気付いてしまった、恐ろしい事実に……!!
「駄目よ!! 買えないわ!!」
「どうしてだい? マイハニー」
「だって、貴方でこのうまい棒を買ったら、愛しい貴方と離れ離れになってしまうわ!!」
「シット!! なんて事だ!!!」
やっと見つけた真の愛、決っして離したくはない。
しかし、お腹は減った。
それにしてもうまい棒美味しそうだな。
二人はそれから大いに悩み苦悩し天を恨み地を恨み日銀を憎みそしてこんなにも美味しそうなうまい棒を憎んだ。
「いいさ、買いたまえ。俺の体で、そのうまい棒を!!!」
果て無き葛藤の末、十円が言った。
「嗚呼! 出来ないわ!! 私にはとても出来ない!!!」
はらはらと涙をこぼす彼女の腹がグゥと鳴った。
「……確かに別れは辛いけれど、そんな事より俺にとって、いま君がひもじい事の方がずっと辛いのさ。大丈夫、互いを想う気持が心にある限り、それはきっと永遠の愛なんだ。」
「嗚呼!! 愛してる!! 私、愛して愛して愛し抜くわ!! あなたと離れても!!!」
そう、真実の愛がある限り!!!
深夜〜早朝のコンビニバイト青年はとても不気味な心持であった。
美女が泣きながらうまい棒をレジに持って来たのだ。
代金を払う時、その美しい女は艶やかな瞳から涙を流し言った。
「さようなら、最愛のお方……」バイト青年はこの美女と結婚しようと思った。
朝日がのぼる。
すべての悲しみを包んで。
そして太陽は喜びを運んでくる。
出会いは別れの始まり……
別れは出会いの始まり……。
……。
えっと……
ウマイ事言ったよね昔の人!!
まあ、あれですね、春は別れの季節ですけど逆に言えば新環境で彼女なり彼氏をGETするチャンスなので、みんな頑張りましょう!!
おしまい