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先生の自宅にて

 公用車の車内。

恋三がハンドルを握っている。

後部座席から、


 先生「恋サン、そこの十字路を右に曲がりなさい」

 恋三「コイさん? 」

 先生「恋さんじゃないのか」

 恋三「いえ、あ、はい。右ですか? 間に合いますか」


先生は恋三の『その一言』が気に障ったらしく、


 先生「時間はアナタが決めるんじゃないからね」

 恋三「あッ、すいません」

 先生「スイマセン?・・・」


先生が後ろの座席から恋三を睨む。

一瞬、車内に緊張感が漂う。

恋三はそっとルームミラーで先生を覗く。


 恋三「あッ! はい。勉強に成ります」

 先生「・・・そこの自販機の前に停めなさい」

 恋三「あの、駐禁・・・」

 先生「ナニ?」

 恋三「いえ、あ、ハイッ!」


恋三は自販機の前に車を停める。

後部ドアーを開けようと、運転席のドアボタンに触れると、先生は自分でドアーロックを解除し、先にサッサと出て行ってしまう。

恋三は急いで鞄(カバン)を取り、車から降りて先生の後を追う。

少し先に旧家が見えて来る。

『先生の実家』である。

門を跨ぎ、広い庭を足早に急ぐ先生。

追いかける恋三。


縁側(エンガワ)に座って、ボーっと庭の盆栽を見ている老人が居る。


老人の名は『門松博文(カドマツ・ハクブン・先生の父・元市長)』である。

家の奥から女の声が聞こえる。

女の名は『門松道子(カドマツ・ミチコ)』。

先生の妻であり、門松病院の理事長 兼 交通安全協会副会長である。


 道子「お父さん。お茶が入りましたよ」

 博文「おお? もう昼か」

 道子「お父さん、さっき朝ご飯を食べたばかりですよ」

 博文「アレは昼メシだろう」

 道子「?・・・」


道子は博文を見て首を傾げる。


 博文「で、今日の議会は何時からだ」

 道子「会議なんて有りませんよ」


奇妙なやりとりの会話だ。

博文の『痴呆症』もだいぶ進行している様である。

先生は博文の隣りに座る。


 先生「・・・」


恋三は博文の傍に走り寄ると、縁側に鞄を置いて急いで背広のポケットから名刺入れを取り出す。

そして両手で一枚を控えめに博文に差し出す。


 恋三「お世話になりま~す」


先生は恋三のソレを見て叱咤(シッタ)する。


 先生「やめなさい! 名刺がもったいない」

 恋三「あッ、失礼しました」


恋三は名刺を名刺入れにしまい、走って車に戻る。

それを見た先生が怒鳴る。


 先生「こらッ、何処(ドコ)へ行くッ!」


恋三は振り向いて、


 恋三「ハイ、違う物を」

 先生「チガウモノ? バカ者! チョロチョロするな。戻って来い」

 恋三「えッ? あ、ハイ!」


恋三は先生の傍に戻ってハンカチで額の汗を拭く。


 恋三「すいません。何か?」

 先生「ナニか? オマエにはこの空気が読めんのか? ここはオレの家だ」

 恋三「え? ・・・あッ! 失礼しました」


道子がお茶とコーヒーを二つ盆に載せ、奥の台所から出て来る。

恋三を見て、


 道子「あら、一つ足りないわね。え~と、アナタはお茶かしら、コーヒー?」

 先生「いらない! もったいない」

 道子「良いじゃないの、一杯ぐらい」


道子は恋三を見て、


 道子「ね~え。『ケチ』なんだから・・・」


道子は恋三の顔をマジマジと見て、


 道子「アラー、チョットお~。アナタ、良い男。私と一緒に婦人部を廻ってちょうだい」

 先生「ダメだ。東京から呼んだオレの秘書だ」


恋三は改まって、


 恋三「あッ、初めまして! 桃井恋三と申します」


膨(フク)らんだスーツのポケットから、また名刺入れ取り出し、一枚を両手で差し出す。

道子はその名刺を見て、


 道子「いらないわよ、そんなモノ。あら? 青木くんはどうしたの?」


先生は縁側に並ぶ盆栽を一つ取って、遠目で眺めながら、


 先生「・・・アイツは運転中、痔(ジ)が再発した」

 道子「あら、青木くんて痔ヌシだったの。運転なんかさせて可哀想に」


先生は突然、大声で博文の耳元に、


 先生「お父さーん! 町内のゲートボールは何時からだっけーえ」


博文が驚いて、


 博文 「うるさいッ!」


先生を睨(ニラ)む博文。

博文は道子を見て、


 博文「道子さん。私の本日の行動予定表を持って来てちょうだい」

 道子「お父さんの座布団の隣に置いて有りますよ」

 博文「え? お~お、そうだったか。バッカだね~。ハハハ」


その行動予定表には、

『その日の日付・ラジオ体操・朝食の時間と散歩・朝の盆栽の水やり・お茶の時間・昼食と昼寝・夕方の盆栽の水やり・お風呂・夕食・テレビの番組(ニュース・相撲・時代劇)・就寝の時間』

までがビッシリと書かれている。


 博文「え~と、ゲートは今日は・・・ナイな。道子さん、ゲートはいつでした?」

 道子「二枚目に『お知らせ表』が有りますよ」


先生はまどろっこしい博文の手から行動表を取り上げる。


 先生「見せなさいッ!」


恋三に行動表を渡し、


 先生「全部覚えて私の予定表に追加しなさい」

 恋三「えッ? あッ、え〜え? ハイ・・・」

 先生「よしッ、行くぞ!」


先生は縁側を立って、さっさと車に向かう。

恋三が急いで先生の後を追う。

道子が恋三の背中に、


 道子「桃井く〜ん、十九時から婦人部の総会。『カラオケ・しのぶ』よ〜お。予定表に書いといて~!」


恋三は走りながら振り向いて、


 恋三「ハ~イ! お世話になりま~す」

                         続く

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