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中耳炎だけど察しがいい

作者: あめいえ
掲載日:2026/09/20


私には、好きな人がいます。


名前は大和。


同じクラスの男子です。


好きなところを言います。


水泳部で、運動神経がいいところ。


いつも明るく、誰にでも優しいところ。


素敵な笑顔も、丁寧なご飯の食べ方も、少し色素の抜けた髪も。


しっかりした体つきも、筋肉も……かなり好きです。


顔も好きです。


でも。


たぶん、大和は私のことなんて好きではありません。


嫌われているとすら思っています。


だって、私はとにかく口が悪いから。


「うるさい」


「バカ」


「あっち行って」


思ってもいないことばかり、口から飛び出してしまいます。


彼は温厚で、頭も悪くありません。


女子との距離感だって、ちゃんとしています。


……いいえ。


むしろ女子のほうが近すぎることがある気がします。


――あっち行け。


……んんっ。


そんなわけで、私は彼が好きですが、伝える度胸もなく、心にもないことばかり言って好感度を下げ続けています。


愚か者です。


それでも大和が話しかけてくれるのは、彼が優しいから。


きっと、それだけ。


傍から見れば友達未満。


それが、今の私と大和の関係です。


それ以下でないことを願っています。


あ。


私は夕奈っていいます。


ーーーーーーーーーー


「大和、大丈夫か?」


「んー?」


大和が少し首を傾げ、聞き返します。


「あー、大丈夫か?」


「あ、悪い。大丈夫だよ。一応」


「歯切れが悪いな。絶対に大丈夫じゃないだろ」


「いや、耳はそのうち治るし」


「耳はな。精神的なことも含めてよ」


「……すまん。もう一回言って?」


「気持ちの問題!」


「あはは。ありがとう。気にしても仕方ないからな。心配かけて悪い」


「謝んなよ。ジュース奢りで許してやる」


「…聞こえんかった。ノーカンな」


「中耳炎は免罪符にならんぞ」


放課後。


私は少し離れたところで、荷物をまとめながら男子たちの会話を盗み聞きしていました。


大和…何か奢るのかな。


……そんなことより。


大和は中耳炎になってしまいました。


今日、病院へ行ってきたそうです。


しばらく泳げないそうです。


聞こえ方も左右で違うらしく。


特に右耳は、かなり聞き取りづらいらしいです。


…全部、盗み聞きで得た情報ですが。


しかも、大会を控えた大事な時期。


本気で打ち込んできた大和にとって、つらくないはずがありません。


「部活のことは気にすんなよ。まだ来年もあるし、水入ったら駄目なんだろ?」


「ああ。鼓膜に穴、開いちゃったから」


「泣かずに偉いよ、お前は」


「母さんかよ」


「よしよし」


「触んな」


「お? 反抗期か?」


「…お前に対しては一生反抗期だよ」


「悲ぴ」


「大和って反抗期来なさそうよな」


「分かる。悠馬は絶対反抗期だろ?」


「いやいや、高校生でも母ちゃんには逆らえないぞ」


「悠馬、まだオムツ替えてもらってるらしいぜ」


「殺すぞ」


笑い声が上がります。


私も、少しだけ笑いました。


盗み聞きして、一人で笑う私。


……気持ち悪いですね。


ごめんなさい。


「じゃあ、俺ら部活行ってくるわ」


「俺も顔だけ出そうかな」


「いや、来んなよ」


「なんでだよ」


「うちの顧問なら泳がせかねん」


「…さすがに泳がせないだろ」


「耳だけ水面から出しとけ!とか言いそう」


「無理すぎる」


「実際、大和より顧問のほうがショック受けてそうだよな」


「俺たちにしわ寄せが…」


「治ったら覚悟しとけよ」


「……顧問がなんだって?」


「治ったらしばかれるってことよ!」


「ああ。覚悟の上よ。大会頑張ってくれよ」


「おうよ! 終わったら夏祭りだからな!」


「ああ、土曜日でいいんだよな?」


「ああ! 食って遊んで、くじ引きよ!」


「俺、くじ引きと型抜きはやらんからな」


「おめぇは出世しねぇよ!」


男子たちが、また笑います。


楽しそうです。


大和も。


いつものように笑っています。


だから。


私には分かりません。


大和が今、本当はどんな気持ちなのか。


我慢強い人です。


つらくても、きっと笑う人です。


大会に出たかったはずです。


泳ぎたかったはずです。


でも。


今の私には、分かりません。


昔なら。


もう少し簡単に聞けたのかもしれません。


でも今は。


つらいはずの彼にかける言葉すら、思いつきません。


「じゃあ行くわ」


「おう」


「また明日な」


わいわいと話しながら、男子たちが教室を出ていきます。


一人残った大和が。


こちらを見ました。


目が合います。


……。


まずい。


大和がこちらへ歩いてきます。


私は慌てて視線を逸らし、鞄を漁りました。


何か。


何かしてください、私。


教科書。


これです。


慌てて取り出します。


帰る準備をしていたのに。


今から勉強でもするんでしょうかね、私は。


「夕奈……何してるんだ?」


「…宿題よ」


「……教科書だけで?」


「……うるさい!」


思わず怒鳴ってしまいました。


嬉しいくせに。


恥ずかしいくせに。


自分の頭と、口の悪さに嫌気がさして、心の中で頭を抱えます。


大和は笑っています。


でも。


なぜか私の顔をじっと見ています。


「……何よ」


「いや」


「何?」


「なんでもない」


「気持ち悪い」


「え?」


「ふん。知らない」


最悪です。


今日も順調に好感度を下げています。


すると、大和が少しだけ視線を逸らしました。


「……なあ、夕奈」


「何?」


「俺、しばらく部活できないから……一緒に帰らないか?」


え?


「え?」


思わず顔を上げました。


「……どうかな?」


「……いいけど。別に」


冷静に。


冷静にです。


「ふん。暇な帰宅部を捕まえられてよかったわね」


皮肉っぽい言い方しかできない自分が嫌になります。


「……帰宅部っていうか、ピアノの練習するんだろ?」


「……え?」


「学校じゃ弾けないんだから、家で練習するだろ」


胸が、かあっと熱くなりました。


覚えていてくれた。


私がピアノを弾くことを。


「……なんで覚えてるのよ」


「なんでって……昔から弾いてただろ」


「そうだけど」


「今も続けてるんだろ?」


「……うん」


「やっぱり」


大和が笑います。


「何よ」


「いや。お前、昔から好きだったもんな」


「…………」


やめてください。


そういうことを言わないでください。


嬉しくなってしまいます。


「そ、そういうわけだから! 帰るわよ!」


顔を見られたくなくて、私は先に歩き始めました。


……本当は。


少しくらい、見てほしいですけど。


ーーーーーーーーーー


「へえ。あのピアノ教室、まだ通ってるんだ」


「そうよ」


「高校生にも教えてくれるんだな」


「先生、教えるの上手なの。昔から変わってない」


「俺も何回か迎えに行ったなあ。画鋲踏んだ記憶しかないぞ」


「……なんでそんなこと覚えてるのよ。わんわん泣いてたわよね?」


「いや、お前も覚えてるんかい」


大和が笑います。


私も。


少しだけ笑いました。


私は話すのが上手ではありません。


なのに。


大和とは、不思議なくらいたくさん話せました。


学校のこと。


先生のこと。


昔のこと。


ピアノのこと。


水泳のことだけは。


聞けませんでした。


学校から家まで、歩いて十分。


普段なら、なんとも思わない距離です。


今日は。


短すぎました。


「あっという間だったな」


「……!」


大和が言いました。


同じことを考えていた。


それだけで、嬉しくなります。


「まあ、続きは明日話そ」


「…………」


明日。


胸が跳ねました。


でも。


同時に、すっと冷静になります。


これは、中耳炎が治るまで。


大和が部活に戻るまで。


それだけ。


「……そうね」


「あー、夕奈……あとさ」


「何?」


「再来週の夏祭り、空いてるか?」


え?


「え?」


「できれば日曜。花火やるほう」


え?


「……どうして?」


「一緒に行けないかなって」


「…………」


大和と。


私が。


二人で。


夏祭り。


頭の中で何度繰り返しても、意味が分かりません。


「……嫌?」


「嫌とは言ってないでしょ!」


「お、おう」


「土曜は友達と行くけど、日曜は予定ないから……」


「……ごめん。もっかい言って?」


「日曜日は! 空いてるわよ!」


嘘です。


日曜も誘われていました。


れん。


ゆき。


本当にごめんなさい。


今度、奢ります。


「そうなのか? よかった」


大和が笑いました。


「嬉しいよ」


「…………」


そんな顔で。


そんなことを言わないでください。


「……私も」


「ん?」


「…なんでもない!帰るわよ!」


「もう家の前だけど」


「うるさい!」


本当に。


どうしようもない私です。


ーーーーーーーーーー


次の日。


授業が終わりました。


私は帰る準備をします。


いつも通りです。


いつも通り。


……。


大和は?


いえ。


別に探しているわけではありません。


ただ。


昨日、続きは明日と言っていたので。


確認しているだけです。


教室の後ろ。


いません。


廊下。


いません。


「…………」


部活でしょうか。


昨日は顔を出そうかと言っていました。


もしかして。


今日は一緒に帰らないのでしょうか。


「……馬鹿」


「誰が?」


「ひゃっ!」


真後ろから声がしました。


振り向くと、大和です。


「な、何よ! なんで聞こえるのよ!」


「悪い。左耳向けてたから」


「聞くな!」


「ごめんな。気づいてるかと思って」


「……昨日だけじゃなかったの?」


「え?」


「……なんでもない」


大和が首を傾げます。


「昨日、続きは明日って言っただろ」


「…………」


覚えていました。


当然です。


昨日のことですから。


嬉しくなんてありません。


「早く行くわよ」


「おう」


その日も。


一緒に帰りました。


「なんでさっき教室にいなかったのよ」


「あー、悪い。トイレ行ってた」


「汚い!」


「なんて言い草だ」


「手洗ったんでしょうね!?」


「当たり前だろ」


今日も。


どうでもいい話ばかりです。


ーーーーーーーーーー


そして。


次の日も。


その次の日も。


気づけば、自然と一緒に帰るようになっていました。


昔の話。


好きな食べ物。


最近見た映画。


学校の先生。


同じような、他愛のない話ばかりです。


でも。


私は、それが好きでした。


そうして、一週間ほど経ったある日。


帰り道。


大和が急に足を止めました。


道路を走っていく、一台のバスを見ています。


私も見覚えのあるロゴ。


小学生の頃、大和が通っていたスイミングスクールの送迎バスでした。


「……泳ぎたいの?」


口に出してから。


しまったと思いました。


大和は一瞬だけ黙りました。


「まあ」


笑っています。


またです。


「……そんなに?」


「……そうだな」


今度は。


笑いませんでした。


私は何も言えなくなりました。


「来年もあるけどさ」


大和が、遠ざかっていくバスを見ながら言います。


「先輩が引退してから、初めての大会だったし」


「…………」


「生意気にも、皆を引っ張る気満々だったよ」


少しだけ笑って。


大和は私のほうを向きます。


「まあ、仕方ないけどな」


「……悔しい?」


結局。


そんな当たり前のことを聞きました。


「悔しいよ」


いつもどこか飄々としている大和の口から。


そんな言葉を聞くのは初めてでした。


大層な励ましも。


気休めの「次があるよ」も言えなくて。


私はただ、自分の制服の裾をぎゅっと握りしめることしかできません。


「そっか」


それしか言えません。


「……ごめん。気が利かなくて」


「ん?」


大和が首を傾げます。


「聞いてくれるじゃん」


そう言った大和の笑顔は、教室で見せる笑顔とは違って。


少しだけ情けなくて。


でも。


すごく優しかったです。


「それで十分」


「…………」


「ありがとな」


「……別に」


やっぱり。


気の利いたことなんて言えません。


でも。


その日から。


私の中で。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


大和との距離が近くなったような気がしました。


ーーーーーーーーーー


次の日。


「そういえばさ」


「何?」


「祭り」


「なによ」


「俺、浴衣で行こうと思ってるんだけど」


「…いいんじゃない?」


「お前も……浴衣とか着る?」


「着てほしいの?」


「……まあ」


大和が固まりました。


私も固まりました。  


口走りました。


何を聞いているのでしょう、私は。


いや、話の流れ的に間違っていないはず。


大和が少しだけ視線を逸らします。


「着てくれたら、嬉しいけど」


「…………」


胸が跳ねました。


でも。


深い意味なんてないはずです。


お祭りですから。そりゃ浴衣がいいに決まっています。


浴衣を着れたら嬉しい。


きっと、それだけ。


期待してはいけません。


だから。


「……分かった」


「え?」


「着るわよ。別に。持ってるから」


「ん?」


「持ってるから!」


「お、おう」


「期待はしないでよ!あと!肝心なところで聞こえないのなんとかして!仕方ないけど!」


「ああ……ごめんな。たまに声小さくなるんだよな」


「うるさいわね!着ていくから!分かった!?」


「分かった、分かった」


大和が笑います。


「よかった。楽しみにしてる」


「…………」


好きです。


ーーーーーーーーーー


そして、土曜日。


大和が出られなかった大会は、その日終わりました。


水泳部は団体戦で優勝したそうです。


「大和! 団体戦優勝の俺たちを讃えよ!」


「言うの何回目だよ。個人優勝がいないのが芸術点高いよな」


「やかましい!」


祭り会場の向こうから。


聞き覚えのある声がしました。


「いるじゃん!愛しの彼が!」


「あいつら今日大会だったのよね?元気すぎるでしょ」


「しーっ!逃げるわよ!」


今日は五人で祭りに来ています。


れんと、ゆきとも合流できました。


かき氷を奢りました。


今日は。


今日だけは、大和と会いたくありませんでした。


明日のために。


彼の浴衣姿を取っておきたいのです。


それに。


クラスメイトがたくさんいるところで話すのは、なんとなく恥ずかしいです。


「気づかれてないわよね……」


「夕奈って走れたのね」


「うるさいわね!」


一瞬で逃げたので気づかれてないはずです。


一つだけ。


分かったことがあります。


大和は私服でした。


明日が。


待ち遠しくて仕方ありません。


ーーーーーーーーーー


そして、日曜日。


当然、朝から落ち着きませんでした。


浴衣を着ます。


鏡を見ます。


髪を直します。


もう一度見ます。


少し直します。


また見ます。


……。


別に。


大和に可愛いと思ってほしいわけではありません。


せっかくのお祭りです。


少しくらい、おしゃれをするのは普通です。


普通です。


嘘です。


可愛いって思われたいです。


待ち合わせ場所へ向かいます。


そこには。


紺色の浴衣を着た大和がいました。


「…………」


似合っています。


とても。


大和が私に気づきました。


手を上げます。


そして。


私の姿を見て。


大和が笑います。


「やっぱり着てもらってよかった」


「……そう。大和もいい感じじゃない?」


「本当?ありがとう」


少し…気の利いた返事ができた気がします。


よし!


ーーーーーーーーーー


二人で屋台を回りました。


箸巻きを食べて。


射的をして。


りんご飴を食べて。


くじ引きを…


「大和はしないんだっけ?」


「?」


とても。


楽しいです。


気づけば、辺りはかなり混んできていました。


「やっぱ、昨日より混むわな。はぐれないようにな」


「分かってるわよ。子供扱いしないでよね」


「へいへい……ほら、俺の裾つかんどけよ」


大和が腕を差し出します。


「……引っ張ったら、崩れるわよ」


「ん?」


「ああ!これでいいでしょ!」


私は、大和の手首を掴みました。


大和を引っ張り、ずんずんと先に進んでいきます。


彼は何もいいません。


表情は、見れません。


私の顔を見られてしまうので。


ーーーーーーーーーー


「夕奈、足大丈夫か?」


「なんでよ」


「下駄だし痛いだろ?」


「…別に平気よ。」


「ほんと?俺は結構痛いぞ」


そういいながら大和は笑います。


「花火始まる前に座っとこうぜ」


「…ありがとう」


「どういたしまして」


「…聞こえたの?」


「いや、ありがとうって言ったんだろうなって思って」


「はぁ!?それやめなさいよね!聞こえないなら言いなさいよ!」


「…難しいな」


そんなこんなで、花火の時間になりました。


人混みから少し離れた高台に、二人で座ります。


夜空に光が上がって。


大きな花火が咲きました。


一拍遅れて。


ドン、と音が響きます。


「……綺麗」


「そうだな」


隣を見ると。


大和が、私を見ていました。


「何?」


「綺麗だな」


「何よ。花火見て言いなさいよ」


「そうだな」


また笑います。


いつもの笑顔。


でも。


今日は、少しだけ違って見えました。


考えてみれば。


高校生になってから、大和とこんなに一緒にいたことはありませんでした。


こんな日が。


ずっと続けばいいのに。


そう思います。


でも。


「なあ」


「何?」


「中耳炎、治ったらさ。俺、また部活行くから」


「…分かってるわよ。帰りは別々ってことでしょ」


…………。


当然です。


これは、大和の耳が治るまでの間だけ。


部活に復帰したら。


また、いつもの日常に戻ります。


でも。


悲観はしていません。


この数日で。


大和との距離が、すごく近くなった気がします。


昔みたいに。


また、仲良くなれた気がします。


少なくとも。


嫌われてはいない。


それが分かっただけでも。


私は、少しだけ前に進めました。


いつか。


いつか、ちゃんと伝えたい。


そう思えるようになったんです。


でも。


「ふん。別に今言わなくていいわよ。空気読みなさいよね」


やっぱり。


少しだけ、寂しいです。


「あー…悪い」


大和が頬をかきます。


それから。


何か言いにくそうに、少し黙りました。


「……いや。帰りは別になるんだけどさ」


「何よ」


「他で埋め合わせできないかなって思って」


「……え?」


「学校行くときでもいいし」


「…………」


「土日、時間あるときに遊んだりとか」


「…………」


「できないかなって」


「ちょ、ちょっと待って!」


「ん?」


「どういうこと?」


大和が、また頬をかきます。


「……嫌か?」


「嫌なわけない!だって……」


その瞬間。


ヒュー……と音を立てて。


一発の花火が夜空へ昇っていきました。


そして。


ドン、と。


大きな音が響きます。


その音に紛れるように。


私の口から。


小さな声が、こぼれました。


「……好きだから」


…………。


…………。


今。


私。


何て言いました?


…………。


好き。


言ってしまいました。


ついさっき。


いつか伝えたいと思ったばかりなのに。


早すぎます。


まだ。


心の準備が。


何一つできていません。


…………。


終わりました。


人生終了です。


明日から学校には行けません。


転校しましょう。


県外へ。


いえ。


海外へ逃亡します。


「……ごめん」


「…………」


大和が片耳に手を当てました。


「聞こえなかった」


…………。


…………。


花火。


ありがとう。


中耳炎。


ありがとう。


神様。


ありがとうございます。


「なんでもない!」


「え?」


「なんでもないって言ったの!」


「……夕奈」


「何よ!」


大和が。


私の顔をじっと見ています。


「だから、なんでも――」


「聞こえなかったんだけどさ」


「…………」


「でも」


「…………」


大和はそこで言葉を止めました。


私を見る目が。


いつもと違います。


大和を見ると。


花火に照らされたその顔は。


多分、私に負けないくらい、赤くなっていました。


「……俺に言わせて?」


「…………」


ドクドクと。


心臓が鳴ります。


今度は。


花火の音より。


自分の心臓のほうが、うるさいです。


大和が。


少しだけ息を吸いました。


「好きです」


「…………」


「俺と付き合ってください」


「…………」


「き……」


「ん?」


「聞こえなかったんじゃないの?」


大和が、一瞬だけ目を逸らします。


「……ああ。聞こえなかった」


「じゃあ……」


「だから」


大和が。


もう一度、私を見ました。


「そうだったらいいなって思ってる」


「…………」


「夕奈も、俺のこと好きだったらいいなって」


「…………」


何も。


言えませんでした。


驚いて。


現実感がなくて。


それ以上に。


嬉しくて。


私は。


コクリと頷きました。


「…………」


「……ん?」


大和が首を傾げます。


「何よ!」


「いや、なんて言った?」


「言ってない! 頷いたのよ!」


「ああ……」


「分かるでしょ!」


「分かるけど」


大和が少し笑います。


「言葉で聞きたいな」


「……っ!」


ずるい。


この人。


私が何を言ったのか。


聞こえてもいなかったくせに。


勝手に期待して。


勝手に告白して。


こういうときだけ。


ちゃんと言わせようとします。


「……私も」


大和が少しだけ顔を近づけます。


「大和のこと、好き」


「…………」


「ずっと好きなの。だから……」


「…………」


「……末永く……お願いします……」


「…………」


「…………」


花火を見に来たのに。


私には大和の顔しか見えません。


大和の声しか聞こうとしていません。


「……本当にごめん」


「何よ!」


「もう一回言って」


「はぁ!?」


「途中から聞こえなかった」


「このタイミングで!?」


「ごめん…ボリュームあげて…」


大和は顔を両手で覆いながらそう言います。


もう。


知りません。


「私も!」


大和がこちらを向きます。


「大和のこと好き!」


「うん」


「ずっと好き!」


「うん」


「だから!」


一度。


大きく息を吸います。


「私と付き合って!」


「うん」


大和が笑いました。


「ありがとう…嬉しい」


「…………」


顔が熱いです。


弾けそうです。


「……察しなさいよ」


「え?」


「こんなの! 言わせなくても察しなさいよ!」


「いや」


大和が笑います。


「ちゃんと聞きたかった」


「…………」


「夕奈の口から」


「…………」


ずるい。


本当に。


ずるいです。


「……馬鹿」


「あ、今絶対馬鹿って言ったろ」


「言ってない!」


大和が楽しそうに笑います。


…………。


腹が立ちます。


でも、その何百倍も、嬉しいです。


「夕奈」


「何よ」


「手、繋いでいい?」


「…………」


今さら。


そんなことを聞くんですか。


「……ん」


大和の手が。


そっと、私の手に触れました。


指先が触れて。


そのまま。


大和の指が、私の指の間に滑り込んできます。


恋人繋ぎ。


…………。


…………。


「…大和」


「ん?」


「いつから私のこと好きなのよ」


「え?」


「だから。いつから?」


「……自覚したのは、結構最近だぞ」


「……きっかけは?」


「…………」


「何よ」


「言わなきゃ駄目?」


「駄目」


「はいはい」


大和が少しだけ困ったように笑います。


「自惚れかもしれないけどさ」


「……」


「夕奈がさ」


「何?」


「俺のこと、すごい意識してる気がして」


「…………」


…………。


は?


「それが、可愛くて」


「…………」


は?


「で、一緒に帰るようになって」


「…………」


「やっぱ話すと楽しいなって思って」


大和が。


繋いだ手を、少しだけ握ります。


「もっと一緒にいたいなって」


「…………」


「それが、きっかけ」


「…………」


…………。


待ってください。


つまり。


私は。


必死に隠して。


嫌われたくなくて。


でも素直になれなくて。


一人で悩み続けて。


その結果。


「……私が大和のこと好きなの、バレかけてたから好きになったってこと?」


「まあ……そうなるのか?」


「はぁ!? 何よそれ!」


思わず。


繋いだ手を、ぎゅっと握ります。


「痛い痛い! 手! ちぎれる!」


「知らない!」


「ロマンスが足りなくて悪かったな!」


「うるさい!」


でも。


手は離しません。


大和も。


笑いながら、握り返してきました。


「……だったら、早く言いなさいよ。馬鹿」


「俺だって結構勇気出したんだぞ」


「ふん」


「まあ、こうなったきっかけが中耳炎ってのは、あれだけどな」


「…きっかけなんて何でもいいわよ」


本当に。


私がこんなに悩んで。


こんなに隠してきたのに。


この人は。

いつの間にか。


私が自分を意識していることに気づいて。


それどころか。


そんな私を見て。好きになったらしいです。


…………。


なんですか、それ。


中耳炎のくせに。


ちゃんと聞こえてないくせに。


いつも――察しが良すぎるのです。  


ひときわ大きな花火が。


夜空に咲きました。


その下で。繋いだ手に。


もう一度。


ぎゅっと、力が込められます。


私も。今度は。


ちゃんと握り返しました。


「……何よ」


大和は何も言わず。


ただ、嬉しそうに笑いました。


…………。


これからのことが楽しみで仕方ありません。


「来年も行こうな」


「…ん」


大好きです。

 

ーーーーーーーーーー


「待って、段々現実感出てきた。めっちゃ嬉しい。叫んでいい?」


「駄目に決まってるでしょ。迷惑」


「あぁ〜やっと言えた」


本当に。


嬉しそうです。 


そんなに嬉しいんですか。


私と付き合えたことが。


…………。


私もですけど。


「……でも」


「ん?」


「ほんと、察しよすぎるわよ」


「…いや、多分クラスの大半も薄々気付いてると思うぞ?少なくとも男子は」


……。


「…はぁ!?何よそれ!」


「俺が察しいいってより、夕奈が…」


「うるさい!ばぁか!」


完

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