愛によって選ばれた王子の花嫁は守護聖霊に守られる
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こちらの作品は、三題噺「ドレス、飴、月」をテーマに書かせていただきました。
お楽しみいただければ幸いです。
「はぁ……。フランが可愛過ぎるんだが……」
晴天を切り取ったような青い髪の男が執務机に片肘をついてアンニュイに告げた言葉に、書類を差し出していたモノクルの男の肩がピクリと跳ねた。
素早く書類を押し付け、ズレてもいないモノクルを直した金髪の男が口を開く。
「何を当たり前のことをおっしゃってるんですか殿下。我が妹が可愛いのは生まれた時からです」
「……赤子のフランも愛らしかったのだろうな。この目に焼き付けたかった……」
「……まぁ、フランが生まれた時、殿下はまだ王妃様のお腹の中でしたからね」
残念だ……と呟く青髪の男は、一週間後に最愛の婚約者との婚姻を控えたこの国の第一王子、シルビオ・エルネスト・ソシアスであった。
今はまだ第一王子だが、婚姻と同時に立太子の儀を行い、次代の王となることが約束される予定である。
「あぁ……。フランが可愛い……。早く婚姻の日にならないだろうか……」
クルクルとペンを手遊びしながらそんなことを宣うシルビオに、冷たい一瞥が降ってきた。
「……フランも仕事ができる夫のほうが好きだと思いますよ? というか、仕事のできない男に我が妹を嫁がせる気は私も父もさらさらありませんが?」
冷えた視線のままそう告げるのは、シルビオの側近でありサルディバル公爵家子息でもあるテオドゥロだった。
「わかったわかった。ちゃんと仕事は終わらせる。この後フランが着る花嫁衣装の最終チェックもあるからな」
降参と言わんばかりに手を広げるシルビオに、容赦なく書類を重ねていたテオドゥロがふと手を止めた。
「ん? どうした?」
テオドゥロが手に持っていた書類をシルビオの眼前に突き付ける。
「……ん? ……なんだこれは」
テオドゥロが手に持ったままの書類に目を通しながら、シルビオの顔が嫌悪に歪んでいく。
「一週間後に世界で一番幸せな男になる予定の人間に持ってくるには……いささか浅慮だな。ここまで愚かだったか? 隣国は……」
「さぁ? どうですかね。で? どうします? 国同士の無駄な軋轢を避けるため、この縁談を受け入れますか?」
「……おーまーえーはー!! まだフランを俺に嫁がせるのが嫌なのか!? 俺がフラン以外と婚姻するわけないだろうが! だいたいフランは我が国の聖霊が認めた花嫁だぞ! いまさら手放せるかっ!」
バシバシと机を叩きながら憤るシルビオに、テオドゥロが苦笑を返す。
「わかってますよ。それに……フランもあなたの花嫁になることを望んで、王家に嫁ぐ覚悟を決めている。
彼女の決意に水を差すようなちょっかいは……ご遠慮いただきたいものですね」
ワガママだと有名な隣国王女からの婚姻の申し入れが書かれた書類に、テオドゥロが冷たい一瞥を落とす。
「……婚姻のと立太子の儀に隣国から臨席するのは……王太子だったか?」
そろそろ各国から式に臨席する客人がやってくる頃だと気づいたシルビオがそう口にすると、テオドゥロは手元の書類挟みから、臨席者の書かれた一覧を取り出した。
「……そのはずですが……」
「……隣国は、この王女の手綱を……どれだけ取れてると思うか?」
父王が甘やかすため、ワガママ三昧だと言われている隣国王女。
その悪行は隣国だけにとどまらず、周辺諸国にまで伝わっているほどだ。
「……あまり、よろしくなさそうですね」
苦虫を噛み潰したような表情でテオドゥロが答えた瞬間、激しいノックが第一王子の執務室に響き渡った。
「どうしましたか?」
テオドゥロの呼びかけに、飛び込んできたのは……衣装合わせのため登城していた花嫁、フランシスカについていたはずのサルディバル公爵家の侍従だった。
「……大変です! フランシスカ様のご衣装を乗せていた馬車が何者かに襲われ、ご衣装が!」
「なっ!?」
「盗まれました!」
「な、なんだって!?」
侍従の言葉に、シルビオとテオドゥロは揃って絶句した。
「っ! フランっ!?」
「まぁ、シルビオ様? お兄様?! お二人ともお仕事は……?」
「それどころじゃないだろう! フランの花嫁衣装が盗まれたって! どういうことだ!?」
シルビオの最後の言葉は、この場にいて先程から平伏している女性に向けられたものだった。
「も、申し訳ございません!」
床に額付きひたすらに謝罪を繰り返す女性を背に隠すようにして庇ったのは、他ならぬフランシスカだった。
「お二人ともそんなに怒らないで」
「そうは言ってもだな、フラン……」
テオドゥロが眉間に皺を寄せ苦言を口にする。
「でもマダムが殺されてしまうかもしれなかったのよ。わたくしのドレスより人の命のほうが尊いはずだわ」
この国の聖霊を彷彿とさせる金と青の瞳に真っ直ぐに見つめられ、シルビオとテオドゥロは口を閉じた。
「……だが……、あの衣装はあと一週間でどうこうできるものではないぞ?」
現実問題として、この国の王太子に嫁ぐための花嫁衣装だ。一朝一夕に用意できる物ではない。
「お、恐れながら……!」
額づいていた女性が声をあげる。
彼女は王都で一番人気だと言われているドレスサロンのオーナー兼デザイナーだ。
「何かあるのか?」
「フランシスカ様のイメージでお作りしたドレスがもう一着ございます……! ですがそちらはまだ刺繍が終わっておらず……」
盗まれたことに責任を感じているのだろう。
マダムの声は涙ながらに震えていた。
「なるほど……。とりあえずそちらを合わせてみるか。そのドレスはマダムのサロンにあるのか?」
何事か思案したシルビオがそう声をかけると、マダムは深く頷いた。
「ならば……あぁ、マダムの助手だったな。君にとってきてもらおう。ドレスが届く間、どのような状況だったのか話してくれないか? フランの先の発言を聞く限り、フランもその場にいたんじゃないか?」
シルビオの言にフランシスカが目を見開いた。
「まぁ。さすがシルビオ様。えぇ、わたくしもその場におりましたわ」
「なんだって?!」
テオドゥロが驚きの声をあげる。
それをシルビオが押し留め、フランシスカに話の続きを促した。
「わたくし、こちらに来る前にちょっとしたお願い事がありまして、マダムのサロンに立ち寄りましたの。
そしたらちょうどマダムが登城するところで……。
馬車の中でお話させていただこうと、マダムを公爵家の馬車にお招きしたところ、黒装束を着た男たちが突然飛び出してきて、サロンの馬車に襲いかかって……」
「そ!? フラン!? 怪我は!?」
シルビオとテオドゥロの顔が青ざめる。
それを見たフランシスカも、当時の状況を思い出したのか、少しだけ顔を顰めた。
「わたくしたちは公爵家の馬車におりましたので……。
誤解なきよう申し上げますと、マダムやサロンの皆様はドレスを取り返そうとなさいましたの。
ですが、相手は刃物を持っておりましたので……わたくしが手を出さぬようにと伝えたのです」
「フラン……」
花嫁衣装は王家からの注文で作られたものだ。
着用する花嫁本人といえども、勝手な判断でみすみす盗られてしまうというのは、フランシスカの責となる。
それを重々承知の上での判断だったと、フランシスカの左右異なる瞳が言っていた。
きゅっと引き結ばれた口元にもその決意は表れている。
「フラン……。君は私との婚礼に用いる衣装より、マダムたちの命が大事だと……言うんだね?」
「殿下!?」
シルビオの悪意ある質問に、テオドゥロがなんとも言えない表情になる。
チラリと妹の顔を見れば、しっかりとシルビオを見つめていた。
「……はい。ドレスより人の命のほうが大事ですわ。殿下に嫁ぐ身なれば、なおのこと。この国の民の命を軽視することはできません」
キッパリと言い切ったフランシスカ。
室内には重苦しい沈黙が落ちた。
「……ふ」
沈黙を破ったのは小さな笑い声だった。
声の出所は、シルビオだ。
「……さすがフラン。私の花嫁。私の最愛。気高い君の覚悟、しかと受け取ったよ」
王家の直系の証であり、聖霊の加護を示す青髪を揺らしながらそう告げるシルビオに、フランシスカはホッとしながら笑みを返した。
「さて、犯人はもちろん探すとして……。あぁ、ちょうどドレスが届いたようだね」
ノックの音に侍従が扉を開ければ、いくつかの箱を持った助手が青い顔のまま入室してきた。
「こちらのドレスでございます」
マダムが広げたドレスは高級なシルクのタフタで作られたものだった。
美しい光沢を放つドレスだったが、白一色ということもあって、どこかシンプルだ。
「うーん、フランの清楚な雰囲気には合ってると思うけど……」
ドレスを前に頭を悩ませる人々にそっと近づく小さな影があった。
なぉーん
「……!? 聖霊様!?」
シルビオの髪色そっくりな体毛とフランのオッドアイそっくりな瞳を持った猫がドレスに触れると、あっという間にドレスは色を変え、青い生地に美しい金糸の刺繍が浮かび上がる。
「まぁ……!」
フランシスカの歓声に青い猫は満足げにうにゃんと鳴いた。
「……なるほど。聖霊様、当日も今と同じようなことをしていただけますか?」
そう尋ねるシルビオの手にはいつの間にか小さな紙片があった。
「シルビオ様?」
「……どうやら、聖霊様に選ばれた花嫁がどんな存在かわからぬものがいたらしい。ならば、見せつけてやろうじゃないか。私の花嫁はフランだけだと言うことを!」
手に持った紙片を握りしめなが宣言するシルビオに、フランシスカとマダムは顔を見合わせ、テオドゥロは何かに気づいたような表情を浮かべる。
そんな人間たちの様子を見ていた聖霊は、満足げにうにゃんと鳴いたのだった。
そして当日。
二人の婚姻を祝うために集まった人々の間では困惑が広がっていた。
これから夫婦の誓いを述べようとする二人の前に立ち塞がったのは、奪われたフランシスカの花嫁衣装を身に纏った……隣国王女だった。
「そんな貧相なドレスを着た娘より、アタクシの方が王太子様の花嫁に相応しいのよ! さぁ! その場をアタクシに譲りなさい!」
「……うわぁ、本当に来た……」
心の底から嫌そうな声を出したシルビオの腕に、フランシスカが慰めるように手を回した。
「ほら! 早く退きなさいよ!」
地団駄を踏み叫ぶ王女の姿に国内外から集まった客人が顔を顰める。
列席していた王女の兄である隣国の王太子は倒れ伏しそうなほどに青ざめていた。
その姿を見とめながら、シルビオはおもむろに口を開く。
「フランのドレスが貧相だって? 君がフランと取って代われると本当に思っているのかい?
……ならば、見せよう! 聖霊様に選ばれた花嫁というものを!」
フランシスカの手を取って高々と宣言したシルビオの声に合わせるように、猫の鳴き声が響いた。
その瞬間、フランシスカのドレスは水が流れ落ちるように色を変え、聖霊が持つ青と金の彩りが美しいドレスと化した。
その人智を超えた出来事に、列席者の方々から感嘆の声があがる。
「我が国の、我が王家の花嫁になるのは、聖霊様に選ばれしフランシスカしかありえない!」
シルビオの堂々たる宣言に、次々と拍手があがり、盛大な歓声に包まれた。
何も言い返せず悔しげに顔を歪めて退出する王女の後を、小さな影が追いかけて行くのに気づいたのは、シルビオをはじめとした王家の人間と、サルディバル公爵家を筆頭に目端の利く高位貴族だけであった。
「なによなによなによ! アタクシのほうが美しいじゃない! あんな両目で色が違う不気味な女より、アタクシのほうが王太子の、いずれこの国の王となる人間に相応しいじゃない! なによ! せっかくドレスを奪ったのに、あんな仕掛けのあるドレスを隠し持ってたなんて! 酷いじゃない! アタクシを騙すなんて、なんて極悪非道な人たちなの!」
フランシスカのドレスを配下に強奪させたことを棚に上げ、怒りを撒き散らしながら庭に飛び出した王女の姿を、上り始めた月が照らす。
美しく整えられた庭園を、ドレスの裾を翻しながら駆け抜ける王女の前に小さな影が差した。
うにゃ~ん
「っ! な、なによ! 驚かせないでちょうだい!」
青空を切り取ったかのような体毛に、青と金の瞳を持つ猫に道を塞がれ憤る王女は、その猫の正体に気付かない。
「……っ! その目を見てるとあの女を思い出してむしゃくしゃするわっ! あっちへおいきっ!」
手近にあった石を拾い投げつけようとした瞬間、王女の身体はまるで縫い付けられたように動かなくなる。
「な……何よコレ……っ!」
じぃと見上げる猫の瞳。まるでよくできた飴玉のように透明感のある、色の異なる二つの瞳が王女を見つめ……。
「な……!? い、いやっ! いやぁぁぁぁぁ————!!」
どさりと何かが倒れる音と同時に、小さな生き物が走り去る音が庭園に響く。
その後、兄である隣国の王太子が探しに来るまで、王女は庭を見つめながら何かに怯えていたという。
それから数日後。
「隣国はやっと何を怒らせたか気付いたみたいだね」
順風満帆な新婚生活を楽しんでいるからか、心なしか艶々したシルビオが報告書片手ににんまりと嗤った。
「今更でございましょう。フランに……いえ、王太子妃様に手を出すなど……万死に値します」
「……別に俺たちしかいない場所では畏まらなくてもいいけど?」
あえて妹の名を「王太子妃」と言い換えた義理堅い側近にシルビオがそう伝えると、少しだけ気まずげにモノクルの位置を直した。
「では……お言葉に甘えて……。こちらの書類を全て確認するまで今日は部屋に帰れないと思ってください」
「え? ちょ? 待て? 新妻が部屋で待ってるんだが?」
「フランも仕事をこなす夫がお好きだと思いますよ?」
素っ気なく返すテオドゥロの口元には小さな笑みが浮かんでいる。
やれやれと肩を竦めてから書類に取り掛かるシルビオを励ますように、窓際で眠っていた青猫がうにゃんと一声鳴いて窓から飛び出していった。
今日もこの国は青と金のオッドアイを持った守護聖霊に見守られ、平和に過ぎていくのだった。
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