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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第99話 語られる前に語る者

 夜が落ちた校舎には、音という音が吸い込まれたような静けさが漂っていた。

 ひなたと理久は、最初に集合写真を見つけた教室に戻っていた。


 窓の外には光がなく、ただ“輪郭だけの夜”が広がっていた。


「……書こう。ここで、“あったこと”じゃなく、“あってはならないこと”として」


 ひなたは震える手で、ノートを開いた。


「“私はまだここにいる”って。消えかけてる写真の私じゃなくて、ここにいる、私を」


 彼女は、黒板の前で立ち尽くす理久を見た。

 その視線の先には、掲示された集合写真。だが、そこにあったはずの歪みは──消えていた。


 いや、“歪んでいたという記憶”そのものが、存在していないような──そんな感覚。


「……構文が、強化された。“語られたくないもの”として」


「だから、“先に語る”の。私が私のまま語るの。存在を、記録として、遺すために」


「でも、もしもそれが……“触れちゃいけないライン”だったら?」


「語ることで、私が“その誰か”になるってこと?」


「いや。“語られた者”になることが、“存在の抹消”になるかもしれない。この構文は、“語ること=消去トリガー”の可能性もある」


 ひなたは、ペン先をノートに落とした。

 インクがしずくのように紙にしみ込んでいく。


《私の名前は、朝倉ひなたです。》


 その瞬間、教室の蛍光灯がパチ、と一度だけ明滅した。

 背後の黒板が、ほんのわずかに“ざわつく”音を立てた気がした。


 理久が立ち上がる。


「……成功した?」


「わからない。でも、今の瞬間、私は“私としてここにいた”ことになる。誰かの記憶に、じゃなくて──私自身の記録に」


 スマホを起動すると、カメラ越しに写る集合写真には、誰の姿も欠けていなかった。


 全員が、ただ並んでいる。

 その中に、ひなたの姿もあった。自然に、確かに。


「……じゃあ、これで、語られない構文の連鎖は──」


 理久が言いかけたとき。

 ひなたのスマホに、ひとつのメッセージが届いた。


「私の名前は、ナナミです。……あなたの隣に、いたことを覚えてる?」


 その直後、写真の中央に、もうひとりの少女の姿が“追加”されていた。


 目元にだけ、ほんのわずかにノイズが走っている。


 制服の形、髪の長さ──どこか、ひなたに似ている。


「……この子、誰?」


 ひなたの声は震えていた。


「今、語られた存在だ。君が“語った”ことで、記憶の中にいたその存在が──構文化された」


 理久は、スマホの画面に目を凝らした。

 そこに写る少女が、まるで静かに笑っているかのように見えた。


「もう終わったんじゃないの?」


「語ったから終わったんじゃない。語ったことで、別の“物語”が始まった」


「……じゃあ、私は……」


「“語り手”になった。ここからは、君が語らなければならない。“誰かを忘れないために”」


 教室の窓が微かに揺れた。


 夜風がカーテンを持ち上げる。そこに誰かがいたわけじゃない。


 だが、“いないという記憶”すら語られる時代が来たのだ。


 ひなたは、ノートを閉じた。

 その表紙には、名前も日付も書かれていない。


 ──けれど、確かに“ここに語られた”痕跡だけが刻まれていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

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