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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第97話 写らないものが写っていた

「理久……この写真、見て」


 ひなたの声は、ささやくように小さかった。

 理久はすぐに彼女の視線の先を追い、黒板の端に貼られた集合写真へと目をやった。


 そこには、生徒たちの整列した記念写真。日付は一年前のもの。

 だが中央列、左から三番目の生徒だけが、不自然にぼやけていた。


 まるで、誰かが立っていた場所だけ、“光”が染み込んでしまったように。


「画像の劣化じゃないな……」


 理久がスマホで写真を撮影しようとした瞬間、カメラアプリがクラッシュした。


「撮れない……?」


「映像記録に拒否反応がある。これは“記録できないもの”だ。言語と同じように、視覚メディアに対しても“排除構文”が働いてる」


 そのとき、職員室側の廊下から、誰かの足音が近づいてきた。


 反射的に身を隠したふたりだったが、その足音は途中でぴたりと止まり、しばらくしてから遠ざかっていった。


 ──が、違和感だけが残る。


「今の……誰?」


「聞き覚えのない足音だったな。教師にしてはリズムが違う。子ども……でもない。音の質が軽すぎた」


「……ナナミ、かな」


 口に出したその名前に、ふたり同時に息を止めた。


 その瞬間、ひなたのスマホが振動した。

 表示されたのは、メッセージアプリ──送信者不明のログ。


「見つけてくれてありがとう。次は“あなた”がそこにいて」


 言葉の最後に、白黒反転した写真が添付されていた。

 画面に表示されたそれを見て、ひなたは息を呑む。

 それは、さっきの集合写真──だが、今度は“自分”の位置が歪んでいた。


 ピクセルがにじんでいる。

 髪の輪郭も、制服の折り目も曖昧になっている。


「……これ、“私”が消えかけてる……?」

「いや、“置き換えられている”。写真の文脈に、“新たな意味構文”が流れ込んでる。ナナミの代わりに、君の存在をあそこに据えようとしてるんだ」

 

 理久は即座に写真をスクショし、文字列に変換しようとするが、変換ログには“0バイト”のエラーが並ぶ。


「……構文が、進化してる。画像じゃなくて、“見る者の認識そのもの”を変えようとしてる」


 教室の窓に、ふたりの姿がうっすら映る。

 その背後、ロッカーの脇に──もうひとつ、輪郭だけの“誰か”が立っていた。


「今、見た?」


「見た。でも、語るな。語ったらそれは“在った”ことになる。今のは、存在じゃない。“記憶への干渉”だ。認識したら、同一化が始まる」


 ふたりはそっと、教室を出た。


 しかし、ひなたの手は冷たく震えていた。


「……ねぇ理久、もし私が、ほんとに“あそこ”に行っちゃったら……」


「言葉にするな。それを言ったら、そうなる」


「……でも、それでも、私を忘れないでね」


 その言葉は、小さく、でも確かに空気に刻まれた。


 語ってはならない。

 記録してはならない。


 けれど、彼女はもう、少しずつ“書き換えられて”いた──



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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……どうか、次回の更新までご無事で。

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