第97話 写らないものが写っていた
「理久……この写真、見て」
ひなたの声は、ささやくように小さかった。
理久はすぐに彼女の視線の先を追い、黒板の端に貼られた集合写真へと目をやった。
そこには、生徒たちの整列した記念写真。日付は一年前のもの。
だが中央列、左から三番目の生徒だけが、不自然にぼやけていた。
まるで、誰かが立っていた場所だけ、“光”が染み込んでしまったように。
「画像の劣化じゃないな……」
理久がスマホで写真を撮影しようとした瞬間、カメラアプリがクラッシュした。
「撮れない……?」
「映像記録に拒否反応がある。これは“記録できないもの”だ。言語と同じように、視覚メディアに対しても“排除構文”が働いてる」
そのとき、職員室側の廊下から、誰かの足音が近づいてきた。
反射的に身を隠したふたりだったが、その足音は途中でぴたりと止まり、しばらくしてから遠ざかっていった。
──が、違和感だけが残る。
「今の……誰?」
「聞き覚えのない足音だったな。教師にしてはリズムが違う。子ども……でもない。音の質が軽すぎた」
「……ナナミ、かな」
口に出したその名前に、ふたり同時に息を止めた。
その瞬間、ひなたのスマホが振動した。
表示されたのは、メッセージアプリ──送信者不明のログ。
「見つけてくれてありがとう。次は“あなた”がそこにいて」
言葉の最後に、白黒反転した写真が添付されていた。
画面に表示されたそれを見て、ひなたは息を呑む。
それは、さっきの集合写真──だが、今度は“自分”の位置が歪んでいた。
ピクセルがにじんでいる。
髪の輪郭も、制服の折り目も曖昧になっている。
「……これ、“私”が消えかけてる……?」
「いや、“置き換えられている”。写真の文脈に、“新たな意味構文”が流れ込んでる。ナナミの代わりに、君の存在をあそこに据えようとしてるんだ」
理久は即座に写真をスクショし、文字列に変換しようとするが、変換ログには“0バイト”のエラーが並ぶ。
「……構文が、進化してる。画像じゃなくて、“見る者の認識そのもの”を変えようとしてる」
教室の窓に、ふたりの姿がうっすら映る。
その背後、ロッカーの脇に──もうひとつ、輪郭だけの“誰か”が立っていた。
「今、見た?」
「見た。でも、語るな。語ったらそれは“在った”ことになる。今のは、存在じゃない。“記憶への干渉”だ。認識したら、同一化が始まる」
ふたりはそっと、教室を出た。
しかし、ひなたの手は冷たく震えていた。
「……ねぇ理久、もし私が、ほんとに“あそこ”に行っちゃったら……」
「言葉にするな。それを言ったら、そうなる」
「……でも、それでも、私を忘れないでね」
その言葉は、小さく、でも確かに空気に刻まれた。
語ってはならない。
記録してはならない。
けれど、彼女はもう、少しずつ“書き換えられて”いた──
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