表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/101

第93話 記録されなかった席

 理科室の鍵は、以前から壊れていた。

 ひなたと理久は、無人の放課後、管理棟の階段をそっと降りていく。

 少しひんやりした空気と、石造りの床が、どこか音を吸い込むような静けさをまとっていた。


 重い扉を開けると、薬品と埃の匂いが一気に鼻をついた。


 ガラス棚の中には、色の抜けた植物標本や古びたビーカーが並んでいる。

 その奥。教卓に一番近い左端の机。


 理久が、そっと指差した。


「あそこだ。“存在記録のない席”──最初の“名前なき生徒”が座っていた場所」


「……その人、名前も……?」


「ああ。名簿にも出席簿にもない。けれど複数の生徒が“話していた”って証言してる。存在が“記憶”にはある。でも、“記録”には残ってない」


「つまり……語られたけど、書かれていない?」


「正確には、“書かれたことが抹消された”。記録自体が“書かれた痕跡ごと消えてる”。ログの削除とは違う、意味そのものの欠損だ」


 理久は席の裏にしゃがみこみ、床を手で探る。

 パイプ椅子の脚の隙間。そこに、ひとつの“刻印”があった。


 それは、数字だった。

 他の席には見られない、不規則な“番号”。ただの傷に見えるが、削れている方向が異なる。

 工具でわざと“内側から”掘られた跡──


「これは、“番号じゃない”。“名前を語らないための構文記号”だな」


「それって……言葉を記録しないってこと?」


「いや。“言葉が記録される直前で止まるように仕掛けられた”、構造妨害式の“消去ルーン”だ。書かれたものを、存在以前に戻すための構文だよ」


 理久はスマホを取り出し、ルーンの形状を3Dスキャンした。

 記号が内部で“展開する構造”を持っていることがわかる。

 それは、視覚情報に反応して“消去命令”を発動する形式だった。


「これが……“見るだけで、語れなくなる”記号……?」


「“存在の意識化を遮断する仕組み”だな。これがこの席に貼られていたってことは──ここが、最初の“封じ場”だった」


「じゃあ、誰かが“語った”から、この構文が壊れた……?」


「たぶん、“名前を記憶に呼び戻した”とき、構文が破れたんだ。誰かが思い出したんだよ、“ここにいた”ということを」


 ひなたは、机の下をのぞきこむ。


 そこに、小さな落書きのような線が見えた。

 爪でひっかいたような不規則な線。それは“ただの記号”のように見えるが──


「これ……“ナナミ”って、読める……?」


「……そうか。やっぱり、“ここ”が起点だ」


 ひなたが見たその線──それは、誰かが“最後に自分の名前を刻もうとした”痕跡。

 だが、記録にも、誰の記憶にも残っていないはずだった名前が、そこに微かに残っていた。


「構文はまだ完全には封じられてない。“語りの残滓”が、形だけ残ってる」


「それじゃあ、また誰かが“見る”ことで──」


「うん。再起動する」



 その瞬間、室内の電灯が微かに揺れた。


 何の風もないのに、棚のガラスが小さく震えた。

 ふたりは無言で顔を見合わせる。


 机の上のノートが、一枚だけ捲れた。


 何も書かれていないページの中央に、赤いペンでこう書かれていた。


 「ここにいた」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ