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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第92話 私の番が来る前に

「理久……今の、見たよね」


「ああ。“あなたの番”って……」


 ふたりは黙り込み、スマートフォンの画面を見つめ続けていた。

 差出人は“存在しない”。電話帳にも履歴にも、SNSのアカウント一覧にも、それらしき情報はどこにもない。

 ただ、通知だけが確かに届いた。


《次は、“あなた”の番です。》


「……“あなた”って、私たちのどっち?」


 ひなたの声はかすれていた。

 理久はスマホを机に置き、呼吸を整える。


「わざと、だろうな。“あなた”っていう曖昧な主語で、対象を選ばせようとしてる。選ばせた時点で、“誰か”が認識される」


「つまり、“こっちから指名した瞬間に負ける”……ってこと?」


「そういう構文だと思っていい。語る側に、主体選択を強要する設計。これまでの“語られる”構造が、より攻撃的になってきてる」


 窓の外には、何事もなかったかのように日常が流れていた。

 生徒たちの声、チャイムの音、通り過ぎるバス。

 しかし、あらゆる“音”が、どこか耳に引っかかる。何かが言葉に変換されるたび、“意味”に対する不信感がひなたの中で膨らんでいた。


「これ……もう、普通の会話も危ないんじゃない?」


「気づいてきたな。音と言葉の境界が崩れると、“語る”という行為が日常そのものになる。つまり、日常会話こそが“トリガー”になり得る」


「ってことは、どこで誰が何を言ったかも記録しなきゃ、どこで発火するか分からないって……」


「そのとおり。けど、全部記録すればするほど、また“誰かの記憶”に残る。意味を回避するための行動が、逆に語りの回路を強化する。いわば自己増殖構文だ」


 理久は、白紙のノートを取り出した。

 そして、そこに書きかけのスケッチを加えながら言った。


「封じるには、“意味”と“記録”の両方を壊す必要がある。“思い出せない状態”じゃダメだ。最初から、“なかった”と認識させるしかない」


「……どうすれば、そんなことできるの?」


「外部記録の破壊。内的記憶の転換。そして、語りの媒介となる“装置”の切断」


 理久は続けた。


「この教室、もう長くはいられない。ここにはすでに、複数の“構文発生源”がある」


「つまり、ここ自体が語りの巣……?」


「ああ。そろそろ“舞台”ごと取り込まれる。もう一度だけ、あの場所へ行く」


「……“あの場所”って……?」


「最初に、最初の“語られた名前”が消えた場所だよ。“記録されなかった机”の跡地。……理科室だ」


 ひなたは一瞬、心臓が止まるような感覚を覚えた。

 記録にない、存在の空白。

 確かにその場に“いた”誰かの名前が、初めから書かれていなかった空間。


 理久は静かに背負ったリュックの中身を確認し、短く言った。


「行こう。あそこに、構文の始点がある」


 次の名前が語られる前に。

 次の存在が消える前に。


 “語らせる構文”を、ここで断ち切る必要があった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

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……どうか、次回の更新までご無事で。

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