表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/101

第91話 語る記録、語らせる記憶

 “ナナミ”という文字列が、無音の記録ファイルに浮かび上がった瞬間、理久の背筋が凍った。


「……おかしい。これは、どこにも語られていないはずだった」


「でも、ファイル名に……名前があるよ」


 ひなたが画面を指さし、そっとつぶやく。


 記録されるはずのなかった名前が、明確な意味として復元されている。

 誰かが──あるいは何かが、それを“語った”のだ。


 ログを遡っても、“ナナミ”という文字列を入力した記録はなかった。

 エンコーダの自動保存機能が、何かを“補完”した可能性はある。

 しかしその補完は、意味をもたぬ文字列からでは起こり得ないはずだった。


「……ひなた、もしかして、お前──」


「言ってない! 絶対に!」


 ひなたは即座に否定した。

 けれど、心のどこかに“言ってしまったかもしれない”という微かな不安があった。


「わたし……“思い出したくない”って思ってた。けど、思い出さなきゃって……。心の中で、名前を呼んだ気がする」


「思考でも、語りの構文は成立する……」


「え?」


「“発声”しなくても、内言=内語記憶が“語りの器”になり得る」


「じゃあ……私たちの、心の中が……もう、構文の一部?」


 理久は椅子を蹴って立ち上がり、ホワイトボードにマーカーで構文図を描き始めた。

 脳内の記憶回路、視覚野、言語野。

 そこに“主観的言語”がアクセスすることで、語られていない情報が、内面世界で語られたとみなされる構造。


「“記録する”って行為そのものが、“意味”を伴ってしまった時点で、語られたのと同じ……」


「じゃあ、もう……ナナミは封印できない?」


「いや……まだひとつ、方法がある」


 理久の視線が、ディスプレイから切り替わる。


 それは、録音機。

 旧式の、アナログテープによる記録媒体だった。


「デジタル記録じゃダメだ。“言語”が自動補完されるリスクがある。だったら、逆に“意味を欠いた音”として、無秩序に保存すればいい」


「雑音みたいに?」


「ああ。“名前”という認識を回避して、純粋に音波として保存する。波形に意味がなければ、“語り”は成立しない」


 ふたりは、その夜のうちに“ナナミ”という語を発音し、

 その音声を、意味に変換されない波形のまま、旧式のテープに焼き込んだ。

 封印用の箱。音響遮断材。絶対温度環境。すべてを整え、音波を“意味の手前”で固定する。


「これで……“誰にも意味を与えられない名前”として、保存はできた」


「けど、理久……」


「……ああ。これで“誰も彼女を語れない”」


 語られないまま、保存されたナナミの名前は、今度こそ、完全に沈黙へと封じ込められた。


 ――しかし。


 翌朝、学校に着いたひなたは、あることに気づく。


 教室の張り紙。放送委員のスピーカー。廊下のメモ。

 そこかしこに、音声文字化された“ある名前”が、記録として浮上していた。


「な……なんで……っ!」


 それは──彼女が最後に録音した“あの音波”だった。


 雑音のはずの波形は、AI音声認識アプリによって自動変換され、明確な単語に戻っていた。


『ナナミ』


 自動文字起こしログには、はっきりとそう記されていた。


 “語られない記録”すらも、現代の技術が“語ってしまった”。


 語られた瞬間に存在するのではない。


 存在したものが、語られることによって“回帰”する。


「……もう、封じられないのかもね」


 ひなたがつぶやく。


 理久は黙ったまま、ログの消去ボタンに手を伸ばした。


 そのとき、彼のスマホが震えた。


差出人不明のメッセージ

『次は、“あなた”の番です。』



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ