第9話 記録される私
音声メッセージ──
「これから、私は実況を始めます。もしこれを聞いているなら、どうか──」
明らかにひなた自身の声だった。けれど、彼女にはこの言葉を録音した記憶がまったくなかった。
「……私、これ……言ってないよ……」
喉の奥が冷たくなる。
この声は間違いなく“自分”だった。でも、“自分”が知らない“自分の記録”だった。
「理久……これ、どういうこと?」
理久はすでにノートPCを広げ、《Whispr》のAPIデータを独自の解析ツールに流していた。
「明らかに“音声合成”じゃない。本物の声を録音した上で、それを送信してる。メッセージのプロパティにも“録音元不明”としか表示されてない」
「……盗聴? 盗撮? そんなの、あたし気づかないはず……」
「違う。これは“記録”じゃなくて、“投影”だ。おそらく……未来の行動を“先に記録して送信する”構造」
それは、時系列の捻れだった。
未来に語るはずの言葉が、すでに誰かに送られていた。
視点が“記録”され、“記録”が語りになり、語りがログとして残り、自分の未来を強制的に“再生”しようとする。
「……ってことは、私は……これから“このセリフを言わされる”ってこと?」
「可能性が高い」
《Whispr》の通知が再び更新された。
12:20「教室を出る。自分の声が、勝手に動いてるみたいで怖い」
ひなたは咄嗟に立ち上がり、廊下に出た。
その行動に驚くほど違和感がなかった。まるで、導かれるように自然に体が動いた。
「……やばい……これ、本当に……“わたしじゃない”」
階段を下りる。
誰もいない空き教室の前まで来たとき、スマホが再び震えた。
12:23「この部屋に入る。静かで、誰にも邪魔されない場所」
ひなたは、ドアノブに手をかけていた。
けれど、そこで止まった。自分の足が震えている。
「理久……わたし、実況されてるだけじゃない。実況の“通りに動いてる”」
「制御されてる……?」
「まるで、台本みたいに」
理久は教室で別の端末を起動し、《Whispr》のアカウントサーバを再追跡していた。
そのうち、ある企業名が浮かび上がる──
Parallax Memory Lab(パララックス記憶研究所)
理久の目が細まる。
「……やっぱりここか」
「知ってるの?」
「三年前。きさらぎ事件のログを保存してたデータミラーの中核だ。今は公式には解散してるけど、“語りの連鎖”に加担していた非公開の実験機関って噂されてた」
画面に表示されたアカウントリスト。
その中に、存在するはずのないひなたの名前があった。
@Hinata_A_DelayedLog
そこには、まだ投稿されていないログが並んでいた。
まるで未来から逆流してきたログのように──
12:26「わたしは扉を開ける。そこに誰かが立っていて、笑っていた」
12:27「“見てるよ”って言われた。視線が、焼けつくみたいに重い」
12:28「たすけて、理久……」
そのとき、教室の前の廊下から、小さな“ノック音”が聞こえた。
ひなたは、まだ扉を開けていない。
でも──
その“次”がもう記録されているということは、**これが“必ず起こる未来”として記録された実況”**だということだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。
下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。
……どうか、次回の更新までご無事で。




