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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第87話 封名術と記憶の継承

「……“語られない名”を記録するって、どうやるの?」


 ひなたの問いに、理久は思案するように眉をひそめた。


「そもそも、“語られる”って行為には、文字にする・声に出す・誰かに伝えるって段階が含まれる。でも……“そのどれにも触れずに伝える”ことができれば、理論的には回避できる」


「でも、そんなの……」


「あるにはある。記号の意味を“読み取らせない構造”にすればいい」


「……どういうこと?」

 

 理久はホワイトボードに一つの円を描き、その周囲に複数の線を放射状に伸ばした。


「たとえばこれ。真ん中に記号を書く。でも、それに“直結する意味”を持たせる言語や説明を一切使わない。周囲を“文脈のない”線で囲っておく。そうすれば、受け手が“意味を持てない”構造になる」


「つまり……“読み取れないまま記憶に残る”ってこと?」


「そう。記号として“意味が割り当てられていない”から、構文として捕捉されない。でも記憶には残る」


「それって、ホントに使えるのかな」

 

 ひなたはため息をついて、小さく笑った。


「ねえ、理久。やっぱさ、私たち……誰かを残したいって思ってるんだね」


「……それが、語りの始まりだ」

 

 その夜、ひなたは封名術の実験に挑戦した。


 誰にも意味を伝えないまま、小さな紙片に記号を刻み、それを日記帳の奥に忍ばせた。


 名前も書かない、記憶も紐づけない。


 ただその“記号”だけを、誰にも見せずに“しまう”。


 翌朝──


 理久のPCに保存された「出席名簿のコピー」がひとつだけ、異変を示していた。


 昨日まで真っ白だった空欄に、こう書かれていた。


☒ナ・ナ・メ(封名)


「……記録された?」


「……たぶん、“意味を語らなかったから”こそ、残ったんだろうな」


 二人は、その記号が“語られない名”として現実に留まっている事実に、初めて“構文外の可能性”を見た。


「じゃあ……もしかして、構文に“侵食されない記録”を、作れるかもしれない?」


「ああ。少なくとも、“語られなければ”意味をもたないまま、ここに残る」


 その時、視聴覚室のモニターが一瞬だけチラついた。


 画面に浮かんだのは、無数の“空欄”で構成されたクラス写真──


 だがその中央にだけ、ひなたの記号が、微かに浮かび上がっていた。

 

 映像が再生される。無音のなか、静かに字幕だけが表示される。


「名をくれたひと だけが 私を 覚えている」


「この記号は 忘れないで でも 語らないで」


「……届いてる?」


「“語らずに残す”って、そういうことか……」


 記号と記憶の交差点。語られぬ名前の保存。

 それは、ほんの一瞬だけ、忘却構文の“外側”に道を拓いたように見えた。


 だが──


 モニターに最後に映し出された言葉は、微かな警告だった。


「語りたくなるときが 一番あぶない」


「意味を与えた瞬間 私はあなたを忘れる」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

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