第84話 記録は空白を語る
「記録」──それは、過去を再現する最も確実な手段であるはずだった。
だが、今やその“確かさ”さえも、崩れていく。
理久は学校の視聴覚室にこもっていた。古いビデオカメラ、アナログのレコーダー、手帳や印刷紙。ネットを介さない“ローカルな記録媒体”を並べていた。
「デジタルはやばい。同期されてるものから順に“空白化”してる」
「じゃあ、アナログなら……」
「少なくとも、“現象が反映されるまでのタイムラグ”はあるはずだ。だから、今のうちに記録しておく」
ひなたはうなずいて、使い慣れたメモ帳を取り出した。
今日あったこと──教室のこと、ノートの異常、夢のこと、消えた投稿。
それを、まるで忘れないようにするかのように、一文字ずつ丁寧に書いていく。
「……で、札は?」
「これだ」
理久が机の上に置いたのは、霧鳴温泉で見つけたあの“札”だった。
ただし、今は写し取り、再現されたもの。
裏面には理久が試作した記述が墨で書かれていた。
「これを、“記録媒体そのもの”に貼る。構文が“記録自体の改変”を始めてるなら、それに“上書き防止の命令”を対抗させる」
「命令……って、それ、ほんとに効くの?」
「わからん。ただ、“意味構造”として戦ってるんだ。なら、意味で封じるしかない」
黒板の端には、テープで貼られた紙が一枚──
理久が手書きで書いた文。
【語られた記憶を封じるため、この記録は封じ札の保護下にある。内容への干渉は禁ず】
その言葉の“構造”を、彼は意図的に作っていた。
呪いが“意味”によって働くなら、意味で逆襲する。それが理久の方法だった。
「なあ、ひなた……お前さ、覚えてる? 夏川くんっていたろ?」
「え……?」
ひなたの手が止まる。
「夏川……って、誰?」
「……やっぱりか」
理久は一枚の紙を差し出した。写真付きのプリント。クラスの集合写真の一部だ。
だが、そこには不可解な“切れ目”があった。そこにいたはずの人物が、すっぱり抜け落ちている。
「こいつ、最初にあの“話”をしたやつだ。霧鳴温泉の前の週、俺とひなたに、“語ってはいけない話”ってやつをネタっぽく話してきた」
「嘘……わたし、覚えてない」
「お前だけじゃない。担任も、名簿も、スマホのアドレス帳も、全部から“夏川”の名前が消えてる。だが、俺は覚えてる。たぶん、“あの時、反論しようとして言葉を飲んだから”」
語る/語らないの“境界”に立った者だけが、わずかに記憶を保持できる。
そう仮定したとき、理久の“論理”はまだ機能していた。
「このまま構文が広がれば、学校全体が“語ってはいけないもの”に侵される。次に消えるのは……お前かもしれない」
「じゃあ……止めなきゃ」
「止めるんじゃない。“残す”んだ。正確に、破られないように、書く。俺たちの記憶を“命令構文として”記録する」
ひなたは息を吸って、またペンを走らせた。
この手が覚えているうちに。
まだ、思い出せるうちに──。
その日の夜、理久は自宅で、PCの自動同期フォルダに異変を見つける。
保存していたはずの映像データ。
そのサムネイルのすべてが、ひとつの言葉に書き換わっていた。
忘レテ。
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