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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第84話 記録は空白を語る

 「記録」──それは、過去を再現する最も確実な手段であるはずだった。

 だが、今やその“確かさ”さえも、崩れていく。


 理久は学校の視聴覚室にこもっていた。古いビデオカメラ、アナログのレコーダー、手帳や印刷紙。ネットを介さない“ローカルな記録媒体”を並べていた。


「デジタルはやばい。同期されてるものから順に“空白化”してる」


「じゃあ、アナログなら……」


「少なくとも、“現象が反映されるまでのタイムラグ”はあるはずだ。だから、今のうちに記録しておく」

 

 ひなたはうなずいて、使い慣れたメモ帳を取り出した。


 今日あったこと──教室のこと、ノートの異常、夢のこと、消えた投稿。


 それを、まるで忘れないようにするかのように、一文字ずつ丁寧に書いていく。


「……で、札は?」


「これだ」


 理久が机の上に置いたのは、霧鳴温泉で見つけたあの“札”だった。


 ただし、今は写し取り、再現されたもの。

 裏面には理久が試作した記述が墨で書かれていた。


「これを、“記録媒体そのもの”に貼る。構文が“記録自体の改変”を始めてるなら、それに“上書き防止の命令”を対抗させる」


「命令……って、それ、ほんとに効くの?」


「わからん。ただ、“意味構造”として戦ってるんだ。なら、意味で封じるしかない」


 黒板の端には、テープで貼られた紙が一枚──

 理久が手書きで書いた文。


【語られた記憶を封じるため、この記録は封じ札の保護下にある。内容への干渉は禁ず】

 その言葉の“構造”を、彼は意図的に作っていた。

 呪いが“意味”によって働くなら、意味で逆襲する。それが理久の方法だった。


「なあ、ひなた……お前さ、覚えてる? 夏川くんっていたろ?」


「え……?」


 ひなたの手が止まる。


「夏川……って、誰?」


「……やっぱりか」


 理久は一枚の紙を差し出した。写真付きのプリント。クラスの集合写真の一部だ。

 だが、そこには不可解な“切れ目”があった。そこにいたはずの人物が、すっぱり抜け落ちている。


「こいつ、最初にあの“話”をしたやつだ。霧鳴温泉の前の週、俺とひなたに、“語ってはいけない話”ってやつをネタっぽく話してきた」


「嘘……わたし、覚えてない」


「お前だけじゃない。担任も、名簿も、スマホのアドレス帳も、全部から“夏川”の名前が消えてる。だが、俺は覚えてる。たぶん、“あの時、反論しようとして言葉を飲んだから”」


 語る/語らないの“境界”に立った者だけが、わずかに記憶を保持できる。

 そう仮定したとき、理久の“論理”はまだ機能していた。


「このまま構文が広がれば、学校全体が“語ってはいけないもの”に侵される。次に消えるのは……お前かもしれない」


「じゃあ……止めなきゃ」


「止めるんじゃない。“残す”んだ。正確に、破られないように、書く。俺たちの記憶を“命令構文として”記録する」


 ひなたは息を吸って、またペンを走らせた。


 この手が覚えているうちに。

 まだ、思い出せるうちに──。


 その日の夜、理久は自宅で、PCの自動同期フォルダに異変を見つける。


 保存していたはずの映像データ。

 そのサムネイルのすべてが、ひとつの言葉に書き換わっていた。


忘レテ。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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