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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第83話 拡張される語り

 日常に戻ったはずの教室で、ひなたはノートを開いていた。


 文字が、ない。

 自分で書いたはずのページに、内容がごっそりと抜け落ちている。


「……え?」


 ページを何度めくり直しても、そこには“書かれていた気配”しか残っていない。インクの痕跡もなく、消し跡もない。


 だが、ひなたの中には確かに、“そこに何かを書いた記憶”だけが残っていた。


「おい、ひなた。さっきのノートのことだけど」


 理久が背後から声をかけた。


「……見た?」


「ああ。“見えた”。けど、それだけだ」


「やっぱり……忘れさせられてる」


 教室の窓から、午後の日差しが差し込む。世界は何も変わっていないように見える。だが、“言葉にならない欠落”が、日常の端々にじわじわと染み出していた。

 

 放課後、図書館。

 理久はPCを使って、ある記録を検索していた。ひなたが霧鳴温泉で撮影したはずの写真、あの時宿で見つけた札、誰かが消えていた帳簿。


 すべて、記録に存在しない。


「……投稿が、空白になってる」


 理久がモニターを指差す。


 ある匿名掲示板のログには、何十もの連投がある。だが、すべての投稿本文が“空白”になっていた。


 時刻だけが並び、内容はすべて削除されたかのように「無記入」。


 それなのに──


返信1:お前それ言ったらダメだって!

返信2:うわ、また始まった……

返信3:あの話ってまだ残ってたんだ…


「“語られたもの”が忘却されてるのに、“語った痕跡”だけは残ってる……」


「なんか、ネットの構文が“感染”してる感じするよね。言った本人も内容を思い出せない。なのに、周りが反応してる」


「その反応も、だんだん“言葉にならなく”なってきてる」

 

 理久が言うとおりだった。

 掲示板の書き込みは、次第に意味を成さない断片に変わっていた。


投稿A:…………。

投稿B:あれ……。

投稿C:

投稿D:(見た)


 “語ることで起動する呪い”が、記憶そのものを浸食し、

 さらに今度は“意味を奪っていく”フェーズに入っていた。


「ねえ……」


 ひなたがぽつりとつぶやいた。


「これ、もしさ、“語らなかったこと”まで失われたら……あたしたち、何が本当だったかすらわかんなくなるんじゃない?」


 理久は頷かない。ただ、モニターに向き直り、無言でログを保存する。


「構文が拡張してる。俺たちが止めないと、忘れるべきでない記憶まで、全部空白にされる」


「でも、どうやって……?」


「“語ってはならない”なら、“構文の内側から書き換える”。」


「え?」


「つまり、呪いの“記述構造”そのものに、“上書き”をかける。方法はある。あの札……あれをもう一度使う。今度は“記録を残すため”にだ」


 語られた記憶が消え、残された空白だけが“語り”として拡散される。


 その現象は、すでに掲示板だけでなく、

 SNS、チャット、動画コメント欄、ブログ、メモアプリ──あらゆる“書かれる場所”に広がりつつあった。


 その夜。

 ひなたは夢の中で、“何か”に追われる感覚を覚えた。


 影も、顔もない存在。

 ただ「言葉だけが剥がれていく」感覚。

 名前を呼ばれるたびに、自分が自分でなくなる。


「……わたし、だれ?」


 目が覚めたとき、ひなたのノートは──再び真っ白になっていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

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