第8話 実況開始
「見られてる……」
ひなたは小さくつぶやき、手の中のスマホをぎゅっと握りしめた。
画面に表示された画像は、確かに“今の教室”だった。後方からの角度、机の配置、窓の光──撮影者は自分たちと同じ空間にいた。
「これ……いつ撮られたの……?」
理久が即座にメタデータの解析を試みる。だが、画像にはタイムスタンプがない。
EXIF情報も削除済み。しかもSNS側で自動圧縮された形跡がない。
「こいつ……アップロードじゃない。“ここ”で撮って、直接反映されてる」
「えっ……どういうこと?」
「つまり、《Whispr》は“端末”を使ってるんじゃない。“視点そのもの”から投稿されてる。もしくは──この教室自体が、すでに“物語の中”にある」
外からの視線。あるいは、すぐ隣にいる誰か。
ひなたは教室内を見回した。
昼休みで席を立っている生徒も多い。談笑、昼食、うたた寝──いつもと同じ日常。でも、この中に“観測者”がいるのだと思うと、空気が異様に重く感じた。
「……あんた、さっき言ったよね。実況しなければ“発症”しないかもって」
「仮説だ。保証はない」
「でも、実況って……どういうこと?」
ひなたは自分の過去を思い返す。
誰かに向けて発信したこと。写真、動画、出来事、気づいたこと──それらを、“今この瞬間に自分が感じたまま”言葉にしたとき。
──それが、実況だった。
《Whispr》の画面がまた動いた。
12:14「何か、変な空気になってきた」
#実況中
「これ、私の……気持ちじゃない……?」
投稿された文面が、ひなたの心のうちにある“言語化されていなかった感情”と酷似していた。
「……嘘だろ。まさか……」
理久が思わず口をつぐんだ。
「自動実況……?」
まるで、彼女の視点を読み取って投稿が生成されている。
つまり、**実況はすでに“始まっている”**のだ。
「理久、どうすれば止められるの……?」
ひなたの声は震えていた。
「今からでも、接続を遮断できれば可能性はある。アプリを強制終了し、端末の物理機能を遮断すれば……」
理久がそう言いかけた瞬間、スマホがブルっと震えた。
12:15「彼は言った。もう間に合わない、って」
ふたりがスマホの画面を見た瞬間、教室内の蛍光灯が一つだけ、ブツッ……と音を立てて消えた。
まるで、誰かが合図したかのように。
教室内がざわつく。何人かが天井を見上げる。
だが、ひなたにはわかっていた。
これは“偶然”ではない。実況が進んでいる──自分が見た現象が、次の投稿に反映される。
「……理久。見て。これ、わたしが言う前に……」
そう、スマホの画面にはすでに次の投稿が表示されていた。
12:16「天井のライトが一つ、消えた。みんなが顔を上げた。わたしは……ただ、怖かった」
実況は、彼女の目を通して誰かに“見せられている”。
誰か──この《Whispr》の向こう側で、
ひなたの人生を、視点を、感情を、まるで演劇の脚本のように“構成”して投稿している存在がいる。
ふと、ひなたの端末に着信が届いた。
通知の送り主は、“非通知”。
音声メッセージが、1件。
開いてみると、そこにあったのは──自分の声だった。
「これから、私は実況を始めます。もしこれを聞いているなら、どうか──」
──録音された覚えのない、自分の声。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。
下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。
……どうか、次回の更新までご無事で。




