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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第4章 ロスト・コール ―最後の応答をあなたに―

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第71話 語られないものたち

 雨が降っていた。

 細い霧雨のような雨が、街を包んでいる。


 放課後の教室。

 窓の外を見つめるひなたの頬を、淡い光が照らしていた。

 校庭の向こうに、雨粒がぼやけて踊っているのが見える。


「もう、“あれ”は終わったんだよね?」


 声をかけたのは、七海だった。

 まだ少し顔色は冴えないものの、以前の彼女らしさが戻ってきていた。


「うん。何もかかってこなくなった。ログも消えたまま。復元もできないって、理久が言ってた」


「……そっか」


 七海が窓のそばに立ち、並んで外を見る。

 ひなたの胸の奥には、まだ冷たい“空洞”のような感覚が残っていた。


「でもさ、私、陽介の顔、もう思い出せないんだよね」


 ひなたは、ぎゅっとスカートの端を握りしめた。


「わたしは……名前だけ、ぎりぎり残ってる。でも、どんな声だったか、どういうふうに笑ってたか、全部がぼやけてる」


 七海が静かに言う。


「それって、怖いことだよね。生きてたのに、話してたのに、“語られなくなったら”……もういないのと同じ」


「……でも、語るってことは、痛みもある。思い出すたびに、引き裂かれるような気持ちにもなる」


「うん。でも、語らなかったら、誰も知らないまま終わっちゃう」


 沈黙が流れた。


 ひなたはポケットから、小さなボイスレコーダーを取り出した。

 理久が編集してくれた音声ファイルが、一つだけ入っている。


 再生ボタンを押すと、微かなノイズのあと、少年の声が流れた。


──「これが、最後のメッセージになると思う。七海、もし聞いてたら、……思い出して。君が笑った声を、僕はずっと……」


 その先は、雑音にかき消されている。

 七海は涙をこらえるように唇を噛んだ。

 それでも、静かに頷いた。


「この声、忘れない。全部は思い出せないかもしれないけど、……わたし、陽介くんがいたこと、覚えてるって言いたい」


 わたしも。ずっと語り続けたいって、思った」


 ふたりの間に、雨の音だけが流れていた。

 だが、その沈黙はもはや恐怖のものではなかった。


 理久が教室に入ってくる。無言でボイスレコーダーを見て、一言。


「……“語り”が閉じたな」


「え?」


「今の音声。最初と最後の語りが、ひなたと七海の“声”でつながってた。記録は閉じた。もう、この構文が勝手に拡散することはない」


「……わたしたちが、終わらせたんだ」


 ひなたの言葉に、理久はそっぽを向いた。


「ま、最初から予定通りだ。問題ない」


「ふふ、素直じゃないなぁ」


 七海が笑い、ひなたもそれにつられる。

 やがて、理久もほんの少しだけ口角を上げた。


 “語られないもの”は、確かに存在している。

 だが、“語ろうとする意志”があれば、そこに“何か”を残すことはできる。


 それは、人の記憶という形で。


 それは、誰かに伝える言葉として。


 そしてなにより──読者の中に、そっと置かれる記憶として。


 雨が止んだ。

 静かに、風がカーテンを揺らしていた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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