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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第4章 ロスト・コール ―最後の応答をあなたに―

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第70話 “最後の声”が聞こえる

 夜は深まっていた。

 だが七海の部屋は、どこか奇妙な静寂に包まれていた。


 言葉にできない「静けさ」があった。

 音がないわけではない。ただ、その静寂は“音を飲み込む”種類のものだった。


 七海は、ひなたの膝に寄りかかるように座っている。理久は、壁際に腰を下ろし、破損したスマホの基盤をにらんでいた。


「記録構文は壊れた。だけど、“音声構造”は、まだ生きてる。……このままじゃ、また誰かにかかってくる」


 理久の言葉に、ひなたが顔を上げる。


「でも、七海の声は戻った。呪いはもう終わったんじゃ──」


「それは“七海にかかっていた分”だ。構文自体は消えてない。今もまだ、回線の向こうで“誰か”を探してる。受話器の向こうから、な」


「じゃあ……どうするの?」


「“出る”しかない。俺たちのどちらかが。最初の“発信音声”に、最終的な“受信”をつなげることで、構文を閉じる」


「そんなこと……できるの?」


「理屈だけで言えばな。だが、“出た瞬間に存在が書き換えられる”可能性もある。記憶じゃなく、“概念としての自我”ごと」


 ひなたはしばらく黙っていた。七海の背中に手を置いたまま、視線を落とす。


「わたし、出る」


「馬鹿か。お前じゃ構造に耐えきれ──」


「でも、わたし、“聞いてしまった”から。七海が記憶を失っても、わたしが覚えてた。なら、わたしが最後まで“聞き届ける”のが筋だと思う」


 そのときだった。七海のスマホが、突然震えた。


非通知着信

受話しますか?


 画面には、ひとつの選択肢しか表示されていなかった。


【応答】


 理久は立ち上がり、スマホを見下ろした。


「時間がない。ひなた──本気か?」


「うん。……わたし、忘れたくない。陽介くんも、七海のことも。この“声”の呪いに、全部飲み込まれたくない」


「……わかった。俺が記録を構成しておく。受けたら、声が消え始める前に話せ。“誰がどこで聞いていたか”を言語化しろ。語りきれば、お前の“存在”はつなぎとめられる」


 ひなたは深く頷き、スマホを手に取る。


 呼吸を整える。手の震えを押さえつける。


「……出るね」


 【応答】をタップ。


 ……ノイズ。


 耳の奥で、しん、と音が止んだような静寂。そして。


 ──「……もしもし?」


 聞き覚えのある声だった。

 どこかで何度も聞いたことのある──ひなた自身の、声。

「……あたし……は……“メリーさん”……」


 声が変わった。ノイズと共に、女とも男ともつかない、湿った音声が耳を侵食してくる。


「あなたが……最後……の、“応答者”……」


「わたしは、朝倉ひなた。17歳。来練高校の生徒で……七海と理久の友達。今日、“霊園跡地”で、あなたの最初の声を聞きました──」


 スマホがびりびりと震え、画面が滲む。


「わたしは、椎名陽介くんのことを覚えています。“ぽぽぽ”という声も。七海が忘れられたことも、思い出しました。……だから、わたしが、最後の声になります」


 何かが、途切れたような感覚。


 耳鳴りが一瞬止まり、呼吸が戻ってきた。


 スマホの画面が、真っ白に染まる。通知は、もう何も表示されていなかった。


「……切れた?」


 理久が問う。ひなたはそっと、スマホを胸元に抱え込んだ。


「……うん。もう、誰も“呼んでない”気がする」


 七海が、ゆっくりと顔を上げた。

 目は赤く潤んでいたが、もう“誰か”に見られている気配はなかった。


「ありがとう、ひなた……」


「ううん……わたしも、あなたに声を返してもらったから」


 その夜、誰のスマホにも、通知は来なかった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

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