第70話 “最後の声”が聞こえる
夜は深まっていた。
だが七海の部屋は、どこか奇妙な静寂に包まれていた。
言葉にできない「静けさ」があった。
音がないわけではない。ただ、その静寂は“音を飲み込む”種類のものだった。
七海は、ひなたの膝に寄りかかるように座っている。理久は、壁際に腰を下ろし、破損したスマホの基盤をにらんでいた。
「記録構文は壊れた。だけど、“音声構造”は、まだ生きてる。……このままじゃ、また誰かにかかってくる」
理久の言葉に、ひなたが顔を上げる。
「でも、七海の声は戻った。呪いはもう終わったんじゃ──」
「それは“七海にかかっていた分”だ。構文自体は消えてない。今もまだ、回線の向こうで“誰か”を探してる。受話器の向こうから、な」
「じゃあ……どうするの?」
「“出る”しかない。俺たちのどちらかが。最初の“発信音声”に、最終的な“受信”をつなげることで、構文を閉じる」
「そんなこと……できるの?」
「理屈だけで言えばな。だが、“出た瞬間に存在が書き換えられる”可能性もある。記憶じゃなく、“概念としての自我”ごと」
ひなたはしばらく黙っていた。七海の背中に手を置いたまま、視線を落とす。
「わたし、出る」
「馬鹿か。お前じゃ構造に耐えきれ──」
「でも、わたし、“聞いてしまった”から。七海が記憶を失っても、わたしが覚えてた。なら、わたしが最後まで“聞き届ける”のが筋だと思う」
そのときだった。七海のスマホが、突然震えた。
非通知着信
受話しますか?
画面には、ひとつの選択肢しか表示されていなかった。
【応答】
理久は立ち上がり、スマホを見下ろした。
「時間がない。ひなた──本気か?」
「うん。……わたし、忘れたくない。陽介くんも、七海のことも。この“声”の呪いに、全部飲み込まれたくない」
「……わかった。俺が記録を構成しておく。受けたら、声が消え始める前に話せ。“誰がどこで聞いていたか”を言語化しろ。語りきれば、お前の“存在”はつなぎとめられる」
ひなたは深く頷き、スマホを手に取る。
呼吸を整える。手の震えを押さえつける。
「……出るね」
【応答】をタップ。
……ノイズ。
耳の奥で、しん、と音が止んだような静寂。そして。
──「……もしもし?」
聞き覚えのある声だった。
どこかで何度も聞いたことのある──ひなた自身の、声。
「……あたし……は……“メリーさん”……」
声が変わった。ノイズと共に、女とも男ともつかない、湿った音声が耳を侵食してくる。
「あなたが……最後……の、“応答者”……」
「わたしは、朝倉ひなた。17歳。来練高校の生徒で……七海と理久の友達。今日、“霊園跡地”で、あなたの最初の声を聞きました──」
スマホがびりびりと震え、画面が滲む。
「わたしは、椎名陽介くんのことを覚えています。“ぽぽぽ”という声も。七海が忘れられたことも、思い出しました。……だから、わたしが、最後の声になります」
何かが、途切れたような感覚。
耳鳴りが一瞬止まり、呼吸が戻ってきた。
スマホの画面が、真っ白に染まる。通知は、もう何も表示されていなかった。
「……切れた?」
理久が問う。ひなたはそっと、スマホを胸元に抱え込んだ。
「……うん。もう、誰も“呼んでない”気がする」
七海が、ゆっくりと顔を上げた。
目は赤く潤んでいたが、もう“誰か”に見られている気配はなかった。
「ありがとう、ひなた……」
「ううん……わたしも、あなたに声を返してもらったから」
その夜、誰のスマホにも、通知は来なかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。
下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。
……どうか、次回の更新までご無事で。




