第7話 実況者としての資格
午後。学校の教室。
昼休みのざわめきの中、朝倉ひなたは窓際の席でずっとスマホを握りしめていた。
《Whispr》の通知は、さっきから止まらない。新しい投稿はない。ただ、何かが“画面の向こう”でじっと見ている感覚だけが続いている。
「ねぇ、理久……これって、もう逃げられないのかな」
理久は隣の席で、参考書を広げながらも画面を横目に睨んでいた。
「……まだ“語って”ないだろ、お前は。実況を始めてない」
「でも、話したよ。あんたに。読んだことも、変な投稿も」
「それは“共有”だ。“実況”は、自分で“見たこと”を“自分の言葉”で語る行為だ」
彼の声にはいつになく硬さがあった。
それが逆に、彼なりの「これは本気で危険だ」という警鐘のように聞こえた。
画面のログを見る。
昨日の倉庫。林の奥。足音。そして、あの投稿。
10:06「今度は、君が“実況”してくれるんだよね?」
まるで、自分の視点が期待されているような口ぶりだった。
「……でも、それって結局、“語らされた人”が負けるってこと?」
「その可能性が高い。おそらく“実況”し始めた瞬間に、対象とのリンクが発生する。
それで、何らかの変質が起こる──“アカウントと一体化する”ような現象が」
「……つまり、実況=発症……みたいな?」
「そう。だから逆に言えば、“実況しなければ発症しない”という仮説も立てられる」
理久は《Whispr》のソースログを読み解きながら、つぶやいた。
「このアカウント、以前にも“語り手”が変わってる形跡がある。ユイ以前に、“A.W.”という別の投稿者がいた形跡が、断片的にキャッシュに残ってる」
「A.W……?」
「三年前に失踪した高校生のイニシャルと一致する」
それは、きさらぎ駅事件よりも古い記録だった。
誰かが、見たことを語った。
それが形を成して《Whispr》に投稿された。
その結果、アカウントは“語り部”として生き続け、その人間は消えた──。
「語る者が、消えていく。でも、語られたログは残る。しかも、それはどこかで“誰かを次の実況者に指名するように”変質してる」
「……じゃあさ。もし、その“語ること”が儀式みたいなものなら……“中断”させることもできる?」
「それを探ってる」
理久は一枚の紙を取り出した。学校のプリントの裏面に、ログのタイムスタンプと内容、文体の癖を並べていた。
「これを見ろ。“切断”されてる例が一件ある」
「えっ?」
「一昨年の秋、ユイと同じような構成で実況していたアカウントがある。“知らないホーム”“音がしない”──そこまでは同じ。でも途中で突然、実況が止まってる。
その後、その人間の別アカウントが開設されて“あれはネタだった”と投稿してる」
「助かったの?」
「可能性がある。……鍵は、“語らなかった”ことだ」
教室の空気が重くなったように感じた。
言葉に出すということ。誰かに見せるということ。
それ自体が、選ばれることに等しい──ならば、語らなければ、物語は動かない。
しかし、その瞬間──
12:11「じゃあ、そろそろ始めようか」
《Whispr》に新たな投稿が上がった。
添付された画像は、校舎の窓から撮られた「今の教室」。ひなたの後ろ姿が写っていた。
「……見られてる」
ひなたが、震えながら言った。
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