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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第4章 ロスト・コール ―最後の応答をあなたに―

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第69話 記録を戻す場所

 夜の街に戻ると、現実の輪郭がややぼやけて感じられた。

 霊園跡地で聞いた“声”──それが記憶を揺さぶるほどに、確かな存在感を持っていたせいかもしれない。


 バスの車内、理久は一言も発さずスマホの画面を睨み続けていた。

 ひなたもまた、思考の中に沈んでいた。


 ──わたしは、陽介くんの名前を、本当に覚えていた?

 ──七海の“声”を取り戻すことは、果たして彼女を救うことになるの?


 信じたくなかった。“声”に取り憑かれた彼らが、そのまま存在を消されるなんて。


「理久……」


 ようやく口を開いたとき、彼は画面から目を離さず、低く答えた。


「七海の家、戻るぞ。今ならまだ、意識の中に“彼女自身”が残ってる可能性がある」


「でも、どうやって……?」


「音声を“逆流”させる。さっきの音声ファイル──陽介の声の中に、“最初のパターン”が埋まってた。あれを音響波形で逆再生して、“記録された側”に流せば、感染の起点に干渉できる」


「……そんなこと、できるの?」


「理論上はな。問題は、“七海の中に残っている記録”が完全に崩壊していなければ、って前提条件付きだ」


 バスを降りた二人は、七海の家まで無言で歩いた。


 夜風が冷たい。街灯の下、理久の横顔にはいつもの自信満々な雰囲気はなかった。

 ただ、研ぎ澄まされた集中だけが、彼の輪郭を保っていた。


 玄関の前で、ひなたは深呼吸をした。扉を開けると、部屋の中は異様な静けさに包まれていた。


「七海……?」


 返事はない。


 だが、2階の部屋──あの場所だけ、扉の下から薄く灯りが漏れていた。


 ひなたがそっとノックする。


「……七海?」


 ──コン、コン。


 中から、ドアを叩き返すような音が返ってきた。


「……返事、してる?」


 理久が頷く。


「まだいる。“彼女自身”が、抵抗してる」


 二人が扉を開けると、七海は机に突っ伏していた。目を開いたまま、虚空を見ている。


「……音声、再生するぞ」


 理久がスマホを取り出し、事前に波形編集した音声ファイルを再生した。


 ──「……わたしの声が、あなたに届いているなら……」


 陽介のメッセージだ。しかし、波形は逆流していた。音の流れが、まるで記憶を巻き戻すように再構築されていく。


 再生が始まると、七海の表情にかすかな変化が現れた。


「……や……やす……け?」


 口が動いた。名前を呼ぼうとしている。


「記憶が戻りかけてる……理久、もう少しだけ!」


 逆再生音声がピークに達した瞬間、スマホのスピーカーから異音が発された。


 ──ブツ、バチッ……ッガガガ。


「っ、こいつ……記録が“反転”して暴走してる!」


 理久がスマホを落とし、手で耳を塞いだ。


 ひなたが咄嗟に七海に駆け寄り、肩を抱きしめた。


「七海、お願い、戻ってきて! あなたの声、私、ちゃんと覚えてるから!」


 その一言が届いたのか──七海の目に、涙が浮かんだ。


「……ひな、た……?」


 震える声。七海の目が、はっきりと焦点を結んだ。


 ひなたの胸にすがりつくように、彼女は声を絞り出す。


「……声が、いっぱい、いた……いっぱいいて、わたしじゃ、なくなって……でも……ひなたが、呼んでくれたから……」


 理久が、壊れたスマホを拾い上げる。


「陽介の記録は、これで終わりだ。七海が“自分の名前”を言えた時点で、構文は崩壊した」


 ひなたは七海の背中をさすりながら、深く息をついた。


 夜はまだ終わらない。だが、“声”は確かに、ひとつだけ静かになった気がした。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。

下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。

……どうか、次回の更新までご無事で。

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