第68話 霊園跡地へ
午後五時半、夕陽が西の空を焼く頃。
ひなたと理久は、バスを降りて寂れた住宅地の外れに立っていた。
昭和町霊園跡地。
七年前に市の再開発で“正式には”取り壊されたはずの古い墓地だ。地図上では今や空き地の扱いだが、ネット上では「墓石が残っている」「夜になると声が聞こえる」など、根強い噂が囁かれている場所でもあった。
「ここが……陽介が最後にいたって場所?」
「ああ。IPアドレスの最終検出ポイントもここだ。“メリー”の音声が最初にアップロードされた時間も、この付近で一致してる」
「でも、霊園って、もう無くなったんじゃなかった?」
「“施設”としてはな。でも構造ってのは、消されても“記憶”の中に残る。記録上は更地でも、座標には何かが残る……とくに、“語られなかったままの存在”ならな」
理久の言葉に、ひなたは思わず肩をすくめた。
夕暮れの空気は湿っていて、どこか重い。虫の鳴き声もまばらで、周囲には人の気配がまるでなかった。
「なにか……残ってる気がする」
ひなたがつぶやいた。眼前には、雑草に覆われた空き地。だが、その奥には──確かに、何かがあった。
背の高い柵。半ば崩れた石段。そして、ぽつんと残された石碑のようなものが、雑草の影から覗いていた。
「……行こう」
理久が言うと、二人は静かに歩を進めた。
踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
湿気の奥に、ほんのりと“鉄のにおい”が混ざる。地面の土は柔らかく、足を踏み入れるたびに沈むような感覚が足元に広がる。
「ここ、本当に“使われてない”場所なの……?」
ひなたが問う。返事はなかった。理久はただ、石碑の前で立ち止まり、スマホを取り出した。
その手が、ピクリと止まる。
「……これ、GPS……変だ」
「え?」
「座標が、バグってる。端末が正確な位置を測れなくなってる」
「ってことは?」
「構造的な“位置情報破損”……呪いによって空間の記録が改変されてるってことだ」
そのとき、ひなたのスマホが震えた。
「非通知着信:応答しますか?」
画面を見た瞬間、全身がぞわりと粟立った。
「……また、来た……」
震える指で“拒否”を押しかけたその瞬間──
背後で、声がした。
「……ぽぽぽ……」
低く、湿ったような声だった。女とも男ともつかない、しかし確かに“耳に残る音”。
振り向いたとき、そこには──
誰もいなかった。
「いま……聞こえた?」
ひなたの問いに、理久は無言でうなずいた。
「陽介も、この音を聞いたんだな。ここで、最初に。“誰にも記憶されない声”を」
「じゃあ、わたしたちも……もう、忘れられていくの?」
「いや、違う。ここで記録されるのは、“聞いた人の中にある何か”だ。つまり──」
理久はスマホのカメラを起動し、石碑の正面を撮影した。
映像には、何も映っていない。ただの石だった。
だが、写真フォルダを開くと──
そこには、白いワンピースを着た“誰か”の背中が写っていた。
「……うそ」
ひなたが震えながら画面を覗き込む。
「“視た者の記憶”に合わせて、画像が再構成されてる……こいつは、カメラ越しに記録することで、見る者の主観を模倣しているんだ」
「この人……誰?」
ひなたがそう問うと、スマホが再び震えた。
「発信者:椎名陽介」
「音声メッセージを再生しますか?」
「……陽介……?」
理久が小さくうなずく。
「ここが、“最初の応答”だった場所だ。……そしてこのメッセージが、あいつの最後の痕跡だろうな」
ひなたは、再生ボタンに指を伸ばした。けれど、その指先は、小刻みに震えていた。
「もし、これが……わたしたちの記憶を壊すものだったら?」
「聞くしかない。じゃなきゃ、七海は戻らない」
再生。
「──もしこの音声を聞いているなら……お願いだ、“わたしの存在”を忘れないでくれ」
切実な、若い少年の声だった。
「もう誰も、俺の名前を覚えてない。家族も、友達も。……なのに、“声”だけが俺の中に残ってる。“あの電話”のあと、ずっと。ぽぽぽ……って」
ノイズが混ざる。音声が微かに歪む。
「……わたしは、もう存在していない。でも、おまえが思い出してくれたなら……まだ、そこにいる気がする。だから──」
音声は、ぷつりと途切れた。
静寂のなか、ひなたはしばらく動けなかった。
「陽介……」
「彼の“存在記録”が、これだ」
理久はスマホを閉じ、ポケットに戻した。
「このメッセージを持って、七海のもとに戻ろう。“記憶”の連鎖を、一度断ち切るには、始まりを知っている必要がある」
そして、ふたりは夕闇の霊園跡地を後にした。
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