第67話 最初の応答者
七海の家は、駅から徒歩十分ほどの静かな住宅街にあった。道沿いの柿の木が風に揺れ、どこかしら季節の変わり目の匂いを運んでくる。ひなたと理久は、小走りに玄関へと駆け寄った。
インターホンを押すと、少し間をおいて、家の中からドアが開いた。
「……あれ、ひなた?」
出てきたのは、七海の母親だった。目をしばたたかせながら、どこか戸惑った表情をしている。
「こんにちは、七海ちゃんいますか?」
「ああ……部屋にいると思うけど……ちょっと待ってね」
そう言って、母親は家の中へ声をかける。
「七海ー? お友達が来てるわよー」
──返事が、ない。
「……あら、珍しい。さっきまでいたのに……」
母親はやや不安そうに首を傾げ、二人を家の中に招き入れた。
「部屋、2階の突き当たりよ。……ごめんなさいね、私ちょっと買い物出るところだったから」
彼女が外出すると、家の中はしんと静まり返った。薄暗い階段をのぼる途中、ひなたの指先が自然と理久の袖をつかんだ。
「なんか、嫌な感じする……」
「……ああ、俺もだ」
二人が七海の部屋のドアの前に立つと、扉の内側から、わずかに音が漏れてきた。
──ぽぽぽ……ぽ……ぽ……
「理久……!」
「落ち着け。入るぞ」
ノブをゆっくりと回し、ドアを開ける。
中には、七海がいた。カーテンを閉め切った部屋の中央で、イヤホンをしたまま、ノートPCの画面を見つめていた。その背筋は真っ直ぐで、不自然なほど動きがなかった。
「七海!」
ひなたが駆け寄ろうとした瞬間、理久が腕を伸ばして制した。
「待て……まだ、“本人”かどうかわからない」
「なにそれ……七海だよ?」
「声をかけて反応するか見よう。目線の動き、呼吸のリズム……模倣体だった場合、外部刺激に対する反応がズレる」
ひなたが戸惑いながら、静かに呼びかける。
「ななみ……? ひなた、だよ」
七海は、ピクリとも動かない。耳に差したイヤホンのコードがたゆみ、PCの画面には再生中の音声波形が表示されていた。
理久が慎重に近づき、そっとモニターをのぞく。
「……やっぱり」
「なに?」
「これ、“メリー”の音声だ。さっきひなたのスマホに投稿されてたものと一致してる。再生ログも残ってる……再生元IP:七海の端末。発信元:朝倉ひなた。受信者:本庄七海」
そのとき、七海の肩がぴくりと動いた。
そして、ゆっくりとこちらを振り返る。
「──ひな、た……?」
その声は、明らかに七海のものだった。だが、そこには“何か別の成分”が混じっていた。わずかに低い声質、言葉のリズム、そして──語尾が妙に遅れている。
「やっぱり……誰かの声が、重なって、る……」
彼女は苦しげに頭を抱え、床に崩れ落ちた。
「私、“誰かの記憶”が混ざってきてるの……夢の中で、何度も何度も……あの音を聞かされてる……」
理久がノートPCを手に取り、再生履歴をスクロールした。
「おかしい……これ、元の音声ファイルと構成が違う。パケット構造が変わってる。まるで、七海の声を使って書き換えられてるみたいだ」
「じゃあ、これって……七海の中にある記憶が、呪いの“音声データ”に変換されてるってこと?」
「可能性としては……あり得る」
そのとき、PCのウィンドウに突然、新たなウィンドウが立ち上がった。
【受信確認】
応答者:椎名陽介
位置:昭和町霊園跡地
“はじめに聞いた人”
「……陽介?」
ひなたが小さくつぶやく。
それは、彼女たちの中学時代のクラスメイトの名前だった。数年前、突然学校に来なくなり、そのまま転校扱いになった男子。理由は“家庭の事情”とだけ説明されていたが、明確な情報はなかった。
「……あいつが、“最初の応答者”……?」
「どうやら、その場所で最初に“聞いた”らしい。……そして、そのあと、誰にも“存在を覚えてもらえなくなった”」
「記憶から……消されたってこと……?」
理久はPCを閉じた。
「ここが“始まり”だ。七海を救うには、陽介の記録を辿らなきゃならない。そして、たぶんその“霊園”に、“声の根源”がある」
七海の身体はまだ震えていたが、理久の言葉に小さくうなずいた。
「いこう、ひなた。忘れられた“最初の応答者”に、もう一度会いに──」
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