第66話 受信者:不明
「これ、私が……投稿したってこと?」
ひなたの手がかすかに震えていた。スクリーンに表示された「転送者:朝倉ひなた」の文字。その下には、見慣れた自分のプロフィールアイコンと、見覚えのない波形のアイコンが並んでいた。
「……投稿タイムスタンプは、さっきの音声を聞いてから、わずか十七秒後だ」
理久がスマホをのぞきこみ、目を細めた。
「しかも操作ログは一切ない。お前、投稿画面開いてすらいなかったよな」
「うん。ほんとに……何もしてない」
「音声が媒介になって、アカウント操作をすっ飛ばして投稿されたってことだ。つまり……」
「“わたしの声”ってやつが、勝手に使われた……?」
「正確には、“お前の声に化けた”ってことかもしれない」
理久はスマホをスリープにし、深く息を吐いた。
「この呪い……もしかすると、“記憶されない感染型”だな」
「記憶……されない?」
「ああ。音声で感染し、感染者の意識を経由して次の媒体に伝播する。その過程で“自分の意思”を偽装しながら、痕跡を限りなく希薄にする構造。……今回の投稿、見た目はひなたの声だけど、おそらく中身は別物だ」
「別物……でも、受信者は“不明”ってなってるよ?」
ひなたが問い返すと、理久は静かに首を振った。
「不明、ってのは、“まだ誰も再生してない”か、“誰が再生したか記録できない”場合だ。どちらにせよ、その音声が拡散された瞬間から、次の“受信者”が生まれることになる」
ひなたは腕を抱えた。夏の終わりとは思えない、寒気が背中を這う。
「もしさ、これ……誰かが再生しちゃったら?」
「その人が“次の転送者”になる」
「……無限ループ、じゃん」
「いや、ループじゃない。“再帰構造”だ。常に少しずつ変化しながら、声が自律的に複製されていく。しかも、話者の輪郭があいまいになっていくから、“誰が語っているか”が途中で崩れる」
そのとき、ひなたのスマホに、再び通知が届いた。
「再生済み:1」
「受信者:本庄七海」
「ななみ……っ!?」
ひなたが叫ぶと同時に、着信音が鳴った。画面には“七海”の名が表示されている。
震える指で応答ボタンを押す。だが、スピーカーから聞こえてきたのは──
「……わたし、声が……変なんだ」
七海の声だった。けれど、そこに妙な遅延があった。音が後から追いかけてくるような、違和感のある話し方。
「ななみ!? 大丈夫!? どこにいるの?」
「家……だけど、変なの……わたし、話してるのに……もう一人の“わたしの声”が、横から、かぶさってくる……」
「理久!」
「スピーカーにしろ!」
言われるままに通話を切り替える。七海の声が、スピーカー越しに響いた。
「……誰かが、わたしの言葉を、もう一度、読んでるみたいなの。……でも、ちょっとずつ違うの。……わたしの“中に”……もう一人の私が……いるみたいで……」
「……!」
理久が口をつぐむ。その顔は、明らかに焦りの色を帯びていた。
「それって、“言語同期”か……? まさか、音声を通して構文が……」
「理久、なにが起きてるの!?」
「たぶん、七海は今、“模倣されてる”。彼女の声帯情報──つまり、“話し方そのもの”が、乗っ取られ始めてる」
七海の声が、少しずつ歪んでいく。
「ぽ……ぽ……ぽ……ぽぽぽ……」
「ひなた、切れ!」
「でも!」
「いいから切れ!」
叫ぶように言われ、ひなたは通話を終了させた。画面が暗くなると、教室に静寂が戻る。
「……今のは?」
「音声構文の浸食だ。七海の中に入った“模倣体”が、彼女の声帯を通して別の“声”を再現してる。たぶん、次の感染者を見つけるための“準備”だ」
ひなたは拳を握った。
「……わたし、七海を巻き込んだってこと?」
「違う。巻き込んだのは、この“声”の構造自体だ。お前は……そのきっかけになっただけ」
「でも、わたしが再生しなかったら、七海は……」
理久は立ち上がる。
「──行こう。七海の家に。いまなら、まだ“戻せる可能性”がある」
「戻すって、どうやって?」
「“声の主”を探す。“最初の応答者”を突き止めれば、そこから感染構造を逆転できるかもしれない」
理久の目が鋭く光る。
「そして、その鍵を握ってるのは──最初に“メリー”と呼ばれた誰かだ」
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