第65話 転送された声
日曜日の午後、校舎裏のベンチに二人はいた。もうすぐ夏休みが明けるというのに、空は重たく曇り、湿った風がまとわりついてくる。ひなたはスマホを握りしめたまま、じっと画面を見つめている。
「……まだ消えてない。やっぱり残ってるよ、この通話履歴」
「“発信元不明・記録なし”ってやつか?」
理久が身を乗り出して、ひなたのスマホ画面を覗き込む。通話履歴には確かに一件、番号すら表示されていない着信が残っていた。
時刻は昨晩、22:46。話した内容は記憶にあったはずなのに、ひなたには“何を話したのか”が思い出せなかった。
「出たことだけは覚えてる。でも、話した内容がすっぽり抜けてるの。不気味なのは……その直後からなんだよ」
「何が?」
ひなたは眉を寄せて、スマホのスクリーンをスライドさせた。あるSNSのタイムライン──ひなたの投稿の中に、唐突に現れた短い文章がある。
「メリーは、まだここにいる。」
「これ、私が投稿したらしいの。でもね、打った記憶が全くないの。しかもこれ、投稿日時が昨夜の通話直後なの」
理久はスマホを指でスクロールしながら、ページのソースを確認するように目を細める。
「アクセスログは? 乗っ取りとかの痕跡はないのか」
「見てもらっていい? 一応、パスワードも変えてある」
理久は自身のスマホを取り出し、ひなたの端末に表示された投稿のログ情報を調べ始めた。数分の沈黙の後、彼は低くうなった。
「……ログ自体は正常。でも、この投稿だけ、通信ルートが違ってる」
「通信ルート?」
「普通なら、自宅Wi-Fiなりキャリアの回線なりを通る。でもこれは“通過ノードなし”って表示されてる。直接サーバに書き込まれてるってわけだ」
「そんなこと……できるの?」
「不可能じゃない。けど、普通のユーザーにはまずできない。内部から書き込んだレベルだ。しかも……」
理久は再度、投稿の詳細をタップして見せる。
「この投稿、“音声データ”が付属してる」
「音声……?」
ひなたは驚いてスマホを取り上げる。スクリーンに表示された小さなスピーカーアイコン──その存在には、今まで気づいていなかった。
「聞いてみろ」
「……怖いけど、やってみる」
ひなたはおそるおそる再生ボタンを押した。
スピーカーから流れてきたのは、しばらくの無音。そして──
かすれた、機械を通したような女の声。
「……きこえますか」
ぞわ、と背筋に冷たいものが走る。
「わたしは……もう“ここ”にはいません……でも、まだ、います」
言葉のリズムが不自然だ。まるで、どこかの文章を無理に繋ぎ合わせたような、あるいは既存の音声から抽出されたような響き。
そして、音声の最後。
「……“わたしの声”を、誰かに転送してください」
ぴ、と音声が切れる。
二人の間にしばらく沈黙が流れた。
「……誰かに、って……」
「拡散依頼か……いや、“転送”って表現の方が気になるな。これは通話じゃなくて、“媒体の乗り換え”を要求してる構造だ」
理久が腕を組む。
「この声は、たぶん単なる録音じゃない。言語構文のキャリアなんだ」
「言語構文……?」
「つまり、この音声自体が“情報媒体”なんだよ。これを誰かに聞かせれば、その人が“応答者”になる……そういう設計になってる可能性がある」
ひなたは唇を噛んだ。
「……じゃあ、聞いちゃった私たちは……もう“繋がって”る?」
「まだ確証はない。でも──そう考えた方が自然だな」
そのとき、ひなたのスマホが震えた。
表示されたのは──通知バナー。
「“あなたの声”が、転送されました。」
「え……なにこれ……!?」
「ひなた、ログイン確認を! アカウントから勝手に何かされてる!」
ひなたが慌てて端末を操作する。すると、自分の投稿一覧に“新しい音声データ”が追加されていた。
タイトルはこう書かれていた。
「転送者:朝倉ひなた」
「受信者:不明」
再生マークの下には、短いテキストが添えられていた。
「わたしの声を、聞いたあなたへ。今度は、あなたの番です──」
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