第61話 電話を覚えている?
月曜日の朝。朝倉ひなたのスマホに、思いがけない着信があった。
時刻は午前6時43分。アラームより少し前、まだ眠気の残る中で画面を見た彼女は、表示された「番号非通知」に戸惑いながらスライドして受話した。
――誰も答えなかった。ただ、かすかなノイズと、遠くで囁くような女の子の声。「──そばに、いるよ」。その一言だけが耳底に届き、通話は静かに切れた。
通話履歴も、ログも、通知も何も残っていない。ひなたは確かに声を聴いた。その声が、頭の中にずっと残ったままだ。
* * *
放課後、図書室で理久に打ち明けた。「寝ぼけてたんだろ?」と冷静な彼に対し、ひなたは首を振って言った。「聞こえたんだ、確かに女の子の声が。記憶の中に直接入ってきたみたいに」。
すると理久は、都市伝説にある「ロスト・コール」を思い出させた。
記録に残らない架空の通話が、受け取った人間の記憶だけに残る怪異構造。それに似ていると分析しつつも、「お前のこと、知ってるかもしれない」と述べた。
ひなたは背筋が冷たくなった。見知らぬ誰かが、“記録されずに存在している”。そして、その声が彼女だけに届いている。すると理久は突然、質問した。「お前のクラスに、今月転校生はいなかったか?」という問いに、ひなたは困惑する。なぜなら誰もそのような存在に言及していないからだ。
ひなたは思い出そうとしても、すぐに記憶は霧の向こうへ消えてしまう。昇降口の掲示板に張り出された新入生の資料は見たはずなのに――どの子だったか、名前も顔も思い出せない。思い出そうとすればするほど、手の中のページが白く抜けるようだった。
* * *
夜、スマホに通知があった。
表示は「録音完了:00:12秒」。自分では記録した覚えのないファイル。恐る恐る再生すると、ノイズの中から、少女の切なげな声が浮かび上がる。
「──わたしのこと、忘れないで……」
声は遠く、けれど明確だった。記録されないはずの存在が、わずかな痕跡を残していた。
ひなたはスマホを握りしめ、震える指でビデオスタジオのような画面を何度も見返した。通話も録音も履歴もない。しかし、確かに「忘れないで」という言葉がそこにあった。
* * *
翌朝――学校に行こうとしたとき、玄関の壁に小さなメモが貼られていた。手書きでこう記されていた。
「名前を呼ばないで。私を知らないままでいて」
文字は細く震えていた。ひなたは声を出さずにその紙を見つめた。視界が滲む。存在するはずのない誰かが、ひそやかにそこに息づいていた。
理久と合流した瞬間、彼もその紙に気づいた。二人の間に重く沈んだ沈黙が流れる。
「記録されずに存在する者。忘れ去られる前に私たちはどうするか――」
理久は言った。
「彼女が“存在”した証を、僕たちが“語る”以外に方法はないかもしれない。語られなかった瞬間、彼女は“いなかったもの”になってしまう」
ひなたは目を伏せ、しかし顔を上げた。
「――語ります。あなたが確かに“いた”証を、私が残します」
そう決意したその唇の震えが、記憶として彼女を抱きしめていた。
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