第6話 誰が、見ていたのか
ホームの風が強くなった。朝の光はすっかり陰り、雲の切れ間から微かな光だけが落ちている。
ひなたは改札前で足を止めたまま、手のひらの震えを抑えきれなかった。
《Whispr》──彼女が昨夜から追っている都市伝説系アカウント。その投稿主“ユイ”が消えたことから始まったこの騒動は、いまや彼女自身が“語り部”として狙われる段階に入っていた。
10:02「ありがとう、ひなたちゃん。もうすぐ君の番だよ」
この投稿が届いた意味。それはもう、ただの偶然やいたずらでは済まない。
「理久……」
「もう、個人宛てに向いてきた。これ以上放置はできないな」
理久は改札機の隣、古い掲示板の前に立ち、スマホを操作していた。
画面には、過去に保存された“ユイ”の《Whispr》実況の全文キャッシュログが映っている。
「これ、気づいたか?」
「え……?」
「投稿のリズム。最初の“ユイ”の投稿は、だいたい五〜六分間隔だった。でも、17:33を境に急にペースが変わってる」
「それって……“誰か──”の投稿?」
「ああ。そこから三十分の空白のあと、文体も明らかに変わる。“語り口”が第三者的になる。恐怖から逃げるというより、見られることを前提に語っている」
理久は画面をスクロールさせていく。
すべての文面は、整っていた。違和感なく「同じ人物」が投稿しているように見える。けれど、リズムと選語、句読点の使い方──“人間の癖”は明らかに異なっていた。
「“語り手”が交代してる」
理久の言葉に、ひなたは寒気を覚えた。
「……でもそれって……“ユイ”が消えて、代わりに誰かがログインしたってこと?」
「いや、たぶん違う。“語り”そのものが誰かを媒介にして“定着”する構造なんだ。
ユイの“視点”が、アカウントと一体化し、そして別の誰かに上書きされた。まるで、ログイン権限を奪うんじゃなく、語る資格そのものが“乗り移る”ように」
まるで、それ自体が“寄生型の語りの構造”だった。
ひなたがあの投稿を読んだとき──自分は単に「読む側」だったはずだ。
けれど、それを口に出し、誰かに“共有”した瞬間、語り部としての回路が開かれていた。
「じゃあ……最初のユイって人も……」
「本当に実在したかどうかも怪しい」
理久は静かに言った。
「そもそもこのアカウント、“誰が最初に開設したのか”すらわかっていない。開設日が空欄。IPも空。ログ履歴がない。おそらく──このアカウント自体が“誰かの視点”として生まれ続けてる」
「“視点”……?」
「それが“誰か”の。あるいは──“何か”の」
沈黙が落ちる。
ホームの向こう側、構内放送がかすかに流れる。声はこもっていて、何を言っているのか聞き取れない。まるでノイズのようだった。
そのとき、再び《Whispr》に投稿が上がった。
10:05「ねぇ、ひなたちゃん。ちゃんと“語って”くれるよね?」
#記録の継承 #足音の次
スクリーンに映し出された文字列に、理久の表情が初めてわずかに強張った。
「……やばい」
「何? このタグ……」
「“足音の次”ってタグ。過去に一度だけ、使われてる。最初期の“ユイ”の投稿よりも前に──ただ一件だけ。このタグで投稿されて、アカウントが凍結されたケースがある」
「えっ……いつ?」
「三年前。投稿主は高校生。“知らない駅に着いた”“変な足音がする”“姿を見られた”──って連投したあと、アカウントも本人も失踪」
静かに、繋がりは螺旋のように巻き戻っていく。
ユイは“語り部”ではなかった。ユイもまた、“語らされた側”だった。
「……“誰か”が、ずっと見てるんだよ」
ひなたの声は震えていた。
「“見てる”だけじゃない。“選んで”、次の語り手にしてる。“読んだ人”の中から──」
「だから、お前は“読んだ”だけじゃなく、言った。共有した。俺にも見せた。つまり、お前の語りがもう始まってる」
投稿が、また更新された。
10:06「よかった。もうすぐ駅に着くよ。今度は、君が“実況”してくれるんだよね?」
アカウント名は──@who_is_viewing_now
“今、見ているのは誰か”
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