表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第3章 トオミサマ ―視線の檻―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/101

第54話 記憶に宿る名

 ひなたは、その名前を口にしなかった。

 けれど──心のどこかで、すでに“思い出してしまっていた”。


 昨夜の夢。白く霞んだ視界の中で、トオミサマの“顔”が、自分の中の“誰か”と重なった。


 記憶の引き出しから、勝手に引き抜かれた顔。

 遠い昔、忘れたはずの幼馴染。写真でしか知らない血縁。通りすがりの女教師。

 そういった曖昧な記憶が、“トオミサマ”の輪郭に混ざり始めている。


「記憶から派生した像が、呪いの実体を持つ──そういうことかもしれないな」


 理久は電子黒板にメモを並べながら、冷静に推理を進めていた。


「呪いが視線を契機に感染する、という構造自体は変わらない。けれどその核となるイメージが、“誰かの記憶”に応じて再構成されるのだとすれば……」


「つまり、“視る側”の中で、“呪いの見た目”が変わるってこと?」


「そう。“見られる存在”は一つじゃない。むしろ、構文そのものが“誰かにとって最も視られやすい存在”へと最適化されていく」


「それって、最悪じゃん……。誰もが、“誰かを思い出してしまう”だけで、呪いに接続しちゃうってこと……」


 ひなたは、ぞくりとした感覚に襲われる。


 もしかしたら、自分が思い出した“あの人”は、もうこの世にいない誰かかもしれない。

 あるいは──この呪いに“連れていかれた誰か”かもしれない。


 そしてそれが、「自分の記憶に宿った」というだけで、再び現実に“形”を持って顕れるのなら──


「理久。もし、私がその“誰か”を、完全に忘れたらどうなるの?」


 理久はその問いに、しばらく黙っていた。


「記憶が構文の母体なら、忘却は遮断の手段にもなりうる。だが……」


「だが?」


「……同時に“封印”でもある。“誰か”がその存在を覚えている限り、その構文は残り続ける」


「じゃあ……私が忘れても、誰かが思い出したら──また視えるの?」


「そうだ」


 それはまるで、“記憶”自体がネットワークのノードになっているかのようだった。


 誰かが思い出せば、呪いは“視える”存在として再起動する。

 忘れられれば、一時的にでも“不可視”となる。


 だが、忘却され尽くすことは、容易ではない。


* * *


 放課後。二人は図書室の記録棚を調べていた。

 過去の転入生・失踪生徒・校内事故──それらに“記録”として残されていた可能性がある。


 理久は資料整理担当の司書教諭に口実を作り、封印されたアーカイブの中から、一枚の記録カードを引き当てた。


「……花園はなぞの さき


 ひなたは、その名前に反応した。


 「この名前……あのときの放送室の子だ。夢で見た……顔と一致してる」


 理久は資料に目を通し、顔をしかめた。


「数年前、転落事故で死亡。だが、記録が不自然に“複製”されてる。複数の教師が、同じ生徒を“別の名前”で記憶している」


「……名前が、書き換えられてる?」

「記録された“語られ方”が異なる。つまり、“誰かが語るたびに、記憶が異なる形で固定され直してる”ってことだ」


 ひなたはゾッとした。


 花園咲という存在は、既に“誰か”にとっては別の名前で記憶され、別の姿で視られている。

 つまり、語られた“像”ごとに、呪いの形が再構築されていくのだ。


 「これ、どうやって止めるの……?」


「語られた名を、全ての記録から“消去”するしかない。構文を発火させる記名要素が、“語られる限り”構文は自律的に存在し続けるからな」


「じゃあ、記憶も含めて、全部……?」


「“語られた名前”と、“視た記憶”と、“思い出すきっかけ”のすべてを封じる必要がある。それには、“名を封印する言語構造”が必要だ」


 理久は、そう言いながらノートを開き、数式のような構文図を描き始めた。


「構文遮断式。名の構造を逆転させ、“語れない名”に変換する。そうすれば、“語りの回路”は断絶され、呪いの連鎖は停止するはずだ」


 ひなたは、ノートの図をじっと見つめた。


 そこには、言語学的にも、構造言語的にも、意味を持たない文字列が並んでいた。


 まるで、初めから“語ることを拒否された言葉”。


「……これで、本当に止められるの?」


「止める“可能性”はある。ただし──」


「“語れなくなる”ってことだよね」

「そう。語れない。思い出せない。記憶すら、“意図的にたどることができない”。たとえ自分の記憶に残っていても、“意味”として再構成されないようにするしかない」


 それはつまり、自分の中にある“誰か”を、完全に“いないもの”として受け入れるということだった。


* * *


 夜。


 ひなたは机に向かって、かつてのクラスメイトの写真を見ていた。


 思い出せる。名前も、顔も。

 でも、明日には──それを、“意味のない像”として封じる。


「ごめんね」


 そう小さくつぶやいて、彼女はノートに構文遮断式をなぞった。


 その瞬間、机のライトが一瞬だけ点滅した。


 そして──窓の外に、“高い影”が一瞬、見えた気がした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。


下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。


……どうか、次回の更新までご無事で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ