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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第3章 トオミサマ ―視線の檻―

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第52話 再視の断絶

 封印は完了したはずだった。


 “語られない構文”──その不在をもってしてトオミサマの構造は遮断された。

 ひなたと理久は、誰にも語られない“沈黙”の中に、ようやく日常を取り戻しつつある……はずだった。


 だが、翌朝。


「……これ、昨日の放送だよね?」


 教室のスピーカーから流れた朝の校内放送。

 それは、内容こそ日常的なもの──生徒会からの連絡、今日の行事予定──だったが、その音声に異変があった。


「……ぽ……ぽ……」


 スピーカーの奥で、誰かが“何か”を口ずさんでいるような音。


 ほんの数秒。

 しかし、それは確かに存在していた。


「これ……トオミサマの……音じゃない?」


 ひなたの声に、理久はすぐさま立ち上がった。


「放送室。確認しに行くぞ」


 * * *


 校舎の最上階にある放送室。


 そこは昼間でも薄暗く、鉄扉が一枚、校舎の隅に沈むように立っていた。


 鍵は、かかっていなかった。


 理久がゆっくりとノブを回す。扉が、ギィ……と音を立てて開いた。


 中には誰もいなかった。

 録音されたテープが1本、機材の横に置かれている。


 理久が慎重に再生する。


 最初の20秒ほどは、普通のアナウンスだった。

 しかし──21秒目。ノイズのような音に混じって、“構文”の断片が流れ出す。


 「……なに……を、見た?」


 その声は、トオミサマではない。

 明らかに、生徒らしき声。誰かが“語り直している”。


「……これは、昨日の封印が“完全”じゃなかった証拠だな」

「……じゃあ、まだ誰かが──?」

「おそらく……あの構文を“見た誰か”が、無意識に“語ってしまった”んだ。語ってはならないものを、“声に変換してしまった”」


 言語に変換され、音声となった構文は──構造の再起動を意味する。


 トオミサマの呪いは、まだ終わっていなかった。


 * * *


 放課後。


 ひなたは図書室で、古い卒業アルバムを調べていた。

 放送部の歴代メンバーを調べるためだ。


 数年前に廃部になったはずの放送部が、なぜ“誰か”に使用されていたのか。

 そして、誰が再び“語ってしまったのか”。


「……この人、見たことあるかも」


 ひなたがページを指差す。

 写っていたのは、廃部直前の放送部部長──

 「花園咲はなぞの さき」という女子生徒。


 清楚な印象の写真。だが、ひなたは思い出した。


「先週、階段のところですれ違った子だ……」


「在校生じゃない。……あれ、校内に“いなかった”はずだろ?」


「でも確かにいた。名前もわからなかったけど、あのとき……“目が合った”んだよ」


 理久は沈黙する。


 視線。

 それこそが呪いの本質。


 視た者は、やがて“見せる者”へと転化される。


「……まだ、見せようとしてるってことか……」


「いや、それよりももっとまずいのは──“誰かがすでに彼女を見た”ということだ」


 ひなたの背筋に、冷たい汗が伝う。


 自分が何を見たのかもわからないまま、ただ“視線を交わした”という事実だけが、呪いの構文を再起動させる。


「理久……私、もう視られてるのかな……?」


「まだわからない。でも、今すぐにでも“遮断”の準備をしておく必要がある。

 視線、記録媒体、発話ログ、SNS、そして──夢」


 夢。


 それも、構文の侵食経路となる。


 “見てしまった記憶”が無意識に再構成され、“語らせられる夢”として再投影される。


 「夢の中で、トオミサマと目が合った者が、次に“語り手”になる」


 そう言われている都市伝説を、ひなたは思い出した。


 「……もし、夢で話しかけられたら?」


「絶対に返事するな。“誰が見るか”じゃない。“語られた瞬間に”お前の視点が感染する」


 * * *


 その夜。


 ひなたは自室で、録音機と録画カメラを自分の寝床の周囲に設置した。

 理久が手配してくれた遠隔監視アプリも稼働させ、睡眠中の行動ログを解析する準備をする。


「語らず、視ず、記録せず。それでも、視られる……って構造、ほんと厄介だね」


 スマホのカメラに向かって、ひなたは笑う。

 だが、その映像には──ひなたの背後に“ぼやけた影”が映っていた。

 画面の端。窓の向こう。背の高い影が、じっとこちらを視ていた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし、あなたの画面にまだ異常が起きていないなら、ページ上部から【ブックマーク】をして『生存確認』の印を残してください。


下部の【☆評価】は、失われた彼らへのせめてもの供養になります。


……どうか、次回の更新までご無事で。

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