第52話 再視の断絶
封印は完了したはずだった。
“語られない構文”──その不在をもってしてトオミサマの構造は遮断された。
ひなたと理久は、誰にも語られない“沈黙”の中に、ようやく日常を取り戻しつつある……はずだった。
だが、翌朝。
「……これ、昨日の放送だよね?」
教室のスピーカーから流れた朝の校内放送。
それは、内容こそ日常的なもの──生徒会からの連絡、今日の行事予定──だったが、その音声に異変があった。
「……ぽ……ぽ……」
スピーカーの奥で、誰かが“何か”を口ずさんでいるような音。
ほんの数秒。
しかし、それは確かに存在していた。
「これ……トオミサマの……音じゃない?」
ひなたの声に、理久はすぐさま立ち上がった。
「放送室。確認しに行くぞ」
* * *
校舎の最上階にある放送室。
そこは昼間でも薄暗く、鉄扉が一枚、校舎の隅に沈むように立っていた。
鍵は、かかっていなかった。
理久がゆっくりとノブを回す。扉が、ギィ……と音を立てて開いた。
中には誰もいなかった。
録音されたテープが1本、機材の横に置かれている。
理久が慎重に再生する。
最初の20秒ほどは、普通のアナウンスだった。
しかし──21秒目。ノイズのような音に混じって、“構文”の断片が流れ出す。
「……なに……を、見た?」
その声は、トオミサマではない。
明らかに、生徒らしき声。誰かが“語り直している”。
「……これは、昨日の封印が“完全”じゃなかった証拠だな」
「……じゃあ、まだ誰かが──?」
「おそらく……あの構文を“見た誰か”が、無意識に“語ってしまった”んだ。語ってはならないものを、“声に変換してしまった”」
言語に変換され、音声となった構文は──構造の再起動を意味する。
トオミサマの呪いは、まだ終わっていなかった。
* * *
放課後。
ひなたは図書室で、古い卒業アルバムを調べていた。
放送部の歴代メンバーを調べるためだ。
数年前に廃部になったはずの放送部が、なぜ“誰か”に使用されていたのか。
そして、誰が再び“語ってしまったのか”。
「……この人、見たことあるかも」
ひなたがページを指差す。
写っていたのは、廃部直前の放送部部長──
「花園咲」という女子生徒。
清楚な印象の写真。だが、ひなたは思い出した。
「先週、階段のところですれ違った子だ……」
「在校生じゃない。……あれ、校内に“いなかった”はずだろ?」
「でも確かにいた。名前もわからなかったけど、あのとき……“目が合った”んだよ」
理久は沈黙する。
視線。
それこそが呪いの本質。
視た者は、やがて“見せる者”へと転化される。
「……まだ、見せようとしてるってことか……」
「いや、それよりももっとまずいのは──“誰かがすでに彼女を見た”ということだ」
ひなたの背筋に、冷たい汗が伝う。
自分が何を見たのかもわからないまま、ただ“視線を交わした”という事実だけが、呪いの構文を再起動させる。
「理久……私、もう視られてるのかな……?」
「まだわからない。でも、今すぐにでも“遮断”の準備をしておく必要がある。
視線、記録媒体、発話ログ、SNS、そして──夢」
夢。
それも、構文の侵食経路となる。
“見てしまった記憶”が無意識に再構成され、“語らせられる夢”として再投影される。
「夢の中で、トオミサマと目が合った者が、次に“語り手”になる」
そう言われている都市伝説を、ひなたは思い出した。
「……もし、夢で話しかけられたら?」
「絶対に返事するな。“誰が見るか”じゃない。“語られた瞬間に”お前の視点が感染する」
* * *
その夜。
ひなたは自室で、録音機と録画カメラを自分の寝床の周囲に設置した。
理久が手配してくれた遠隔監視アプリも稼働させ、睡眠中の行動ログを解析する準備をする。
「語らず、視ず、記録せず。それでも、視られる……って構造、ほんと厄介だね」
スマホのカメラに向かって、ひなたは笑う。
だが、その映像には──ひなたの背後に“ぼやけた影”が映っていた。
画面の端。窓の向こう。背の高い影が、じっとこちらを視ていた。
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