第51話 忘却される構文
静まり返った教室で、ひなたは深く息をついた。
誰かが置いた真っ白な紙だけが、黒板に貼られている。
意味を持たず、語ることさえ拒むその構文は、本来「語られるための構造」を持つ言葉とは逆に、「忘却されるために在る構文」だった。
その紙の前に、かつて呪いに侵された女生徒が座っている。
視線の焦点は戻り、顔には安堵が広がる。
誰かの視覚媒体ではなく、自分自身の目で現実を見ている──そんな当たり前の感覚を取り戻していた。
理久はノートを閉じ、鈍い音でテープレコーダーをカバンにしまった。
「この教室を出よう」とだけ言い、二人は静かに廊下へ向かった。
教室を閉め、鍵をかけたとき──妙に響く木の音。
それが終わりを告げる合図のように感じられた。
廊下に出ると、放課後の空気が広がっていた。
部活動の声、小さな笑い声、脚立を移動させる音。
なにげない日常の音。それが逆に、新鮮だった。
ひなたはふと思い出す。
あの“読まれないでしか在ることが許されない構文”を、誰かが覚えてしまったら──どうなるのだろう。
思いがけず、記憶の端に刻まれてしまうかもしれない。
だが、それが「忘却される構文」の宿命であり、呪いを退ける証でもある。
理久はポケットから、封筒を取り出した。
中には、あの日の“読めない語り”の断片構文が記録された紙と、破片になったノートが散りばめられていた。
それら全てを、彼は大きな金庫に慎重に封印した。
「意味が判別できる脳に触れない限り、これはただの“破片”として存在するだけだ」と、淡々と言った。
ひなたはその封印を見つめながら、小さく頷いた。
語られなかったことを、語らせなかったからこそ、呪いは終わった──そう信じていた。
夕方の空が淡く染まる中、二人は教室を出た。
異形の影は、もう視界に残っていない。
しかし、その構文が“忘れ去られるか”、それとも“密かに覚えてしまう誰か”によってまた呪いが繋がるか──
それは、未来の選択に委ねられている。
二人は知らない。
誰かが、すでに見ていた──そして、自分の目に焼き付けた可能性に気づいていないかもしれないことを。
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