第37話 夢の中のわたし
翌晩、ひなたは意図的に眠りについた。
暗記科目の復習、目に優しい画面設定、カモミールティー。
できるだけ“意識を曖昧にする”よう努めてから、布団にもぐりこんだ。
目的は一つ──夢を見ること。
いや、“語っている自分”に会うこと。
理久のノートにあった言葉が脳裏にこびりついて離れなかった。
『記号が記憶に置き換わった時点で、論理の外に滑り出す』
今、ひなたはその“記憶の外”にいる。
なら、記憶の内側──夢の中に潜ることで、語りの原点にたどり着けるかもしれない。
視界がにじみ、現実の輪郭が遠のいていく。
夢かどうかも判別のつかない、曖昧な世界に身を委ねた瞬間だった。
ひなたの目の前に、“もう一人の自分”が立っていた。
同じ髪型、同じ制服、同じ顔。
けれど、表情だけが違う。
その“ひなた”は、穏やかに微笑んでいた。
どこか母親のようで、けれど“異物”のようでもあった。
「ねえ、もうあなたじゃないんだよ。語ってるのは、わたし。あなたはただ、“わたしが語ったことを思い出す”だけでいい」
ひなたは一歩、後ずさる。
夢の中なのに、心拍が速くなるのがわかる。
「……あなたは誰?」
「わたしは“あなた”だよ。語らないようにしていたあなたが、語りたいと思ってしまった瞬間に生まれた、“語るためのあなた”。」
「そんな……そんなの、私じゃない」
「でも、もう拡がってる。誰かがわたしを夢で見て、思い出して、語って、また誰かが思い出して……あなたが止めようとしている間にも、わたしはずっと“言葉”を探していたんだよ」
その声は、まるで感情を持たない機械のようだった。
けれど、どこか切実な“寂しさ”のような響きを孕んでいた。
「語ってはいけないって言ったのに……!」
「語られなければ、わたしは死ぬの。“語ること”が存在の条件なんだ。あなたが語らなくても、誰かがわたしを思い出せば、それで十分。だって、あなた自身がそうだったでしょ? “知ってしまった”時点で、わたしは生まれていた」
ひなたは気づいた。
この存在は、情報でも記号でもない。
記憶に巣くう、“語りたいという欲望”そのものだ。
だから、“止める”ことはできない。
記憶を失うか、思い出さないか、それしか方法はない。
「……じゃあ、わたしはどうすればいいの?」
「わたしを“語らないように語る”こと。語らずに伝えること。言葉じゃなく、“断絶”として残すこと──それだけが、存在の輪を断ち切る方法」
夢の中で、ひなたの意識は一気に引き戻された。
目を開けると、いつもの天井が見えた。
けれど、そこには何かが変わっていた確かな感覚が残っていた。
“語らない”という選択を、“語ることによって伝える”方法がある。
──伝えるために、語らずに綴る。
それが、“終わらせるための物語”になる。
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