第36話 継承する声
夜、ひなたはベッドの上で目を開けていた。
部屋の天井は、昼間の出来事をなぞるように、淡くゆらめいて見える。
もう何人の生徒が“夢”の中で語らされたのか、わからない。
夢を見たという報告は八人を超え、しかもそのうち四人は、目覚めたあとに自分でも“語った記憶がある”と証言している。
内容は思い出せない。けれど、“誰かに何かを伝えた”という感触だけが、手触りのように残っているという。
──感染の回路は、もう“声”に限られていない。
語りの“手触り”、その感覚だけが再現されていく。
春日が言っていた。
「語った人の中に、“もう一度夢で会ったら、今度はちゃんと聞こうと思う”って言ってた子がいたよ。聞くつもりで眠るって、もうそれ、受け入れてるよね」
それは、“語られる”ことの継承。
夢の中で語るのは、もはやひなただけではない。
彼女の声で語り始めた生徒たちが、今度は自分の声で別の誰かに語っていく。
媒介が、複製されていく。
それは、ウイルスが宿主の細胞に入り込み、同じ構造を量産するのと変わらない。
ベッドの枕元に置かれたスマホが、突然震えた。
メッセージアプリに、一件の通知。
「あの箱、次に語るのは“あなた”だって」
送信者不明。名前も番号も表示されていない。
メッセージの履歴は、開いた瞬間に消えた。
──構造が“自律”し始めている。
誰かが意図して語らせているのではなく、“語るべき者”を構造が自動で選び、順番に起動していく。
誰かが言った。“次はあなたの番”
でもそれは、命令じゃない。自然な流れ、みたいに送り込まれる。
「……もう、誰にも止められないんだ」
そう呟いたとき、不意に、机の上にあるノートがひとりでに開いた。
理久の文字だった。前に渡された資料。
“言語構造と思考の連鎖”と題されたノートには、以前見た覚えのある分析図があった。
その一角に、手書きの追記がある。
『語りの構造は、主体を持たずとも維持される。一度生成された“意味の流れ”は、記号が記憶に置き換わった時点で、論理の外に滑り出す。それを止めるのは、論理ではなく、“断絶”である』
断絶──
ひなたは、その言葉を口の中で転がした。
語ることを止めるには、論理を超えた“沈黙”が必要。
けれど、ひなたにはもう“語った記憶がない”。
記憶の外で、声が動き、他人を語らせる。
──なら、いったい誰が語っているの?
その答えを知るために、彼女は決めた。
“もう一度、自分の夢を見よう”
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